第三章 エージェント
――午後二時。
真田は特別会議室のドアを開けると、ネットワークケーブルをコンセントに差し込んで、会議システムのスイッチを入れた。
「劉さん、済まんけど、ちょっと会議の準備を手伝ってくれるか」
「はい、何をすればよろしいですか?」
「まず、これを秘書課に持って行ってくれ」
真田が劉にメモを渡すと、彼女はメモを眺めて内容を確認した。
「えっと、プレゼン資料の印刷と飲み物の手配ですね」
「そや、プレゼン資料を十人分印刷して、飲み物を秘書課に依頼してくれ」
「はい、分かりました」
「会議は午後三時から始める予定やけど、飲み物は会議が始まってから持って来るように指示してくれたらええわ」
「了解です。ボス」
「劉さん、ボスはええて」
「はい、ボス」
真田が苦笑いをして頭を掻く。
――午後二時五十分。
スーツ姿の来客達が会社の保安所で入社の手続きをしている。
真田は特別会議室の窓から会社の保安所を眺めると、ズボンのポケットからPHSを取り出して劉に電話を掛けた。
「はい、劉です」
「劉さん、来客が事務棟の玄関に来るさかい、会議室まで案内してくれるか」
「はい」
「別の来客が少し遅れて入って来るけど、そっちの方は石川君が案内してくれるからええわ」
「了解です。ボス」
真田は電話を切ると、会議室の椅子に座って机の上で手を組んだ。
しばらくして、会議室のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
「失礼します」
劉が会議室のドアを開けると、スーツ姿の男性が三人立っていた。
「ようこそ、CMD社へ!」
「歓迎来到 CMD公司!」
※ようこそ、CMD社へ!
真田がドアまで歩寄って来客者を出迎えると、劉は真田の挨拶をすかさず中国語に訳した。
「你好!」
※こんにちわ!
来客が中国語で真田に挨拶を返す。
彼らは蘇州OSLED有限公司の社員だ。
「我是 沈清明」
※私は、沈清明です。
「我是 夏夢龍」
※私は、夏夢龍です。
「こちらは、沈さんと夏さんです」
劉が日本語で通訳をする。
「真田先生 好久不見了 我是 結城秀樹」
※真田さん、お久しぶりです。私は結城秀樹です。
「真田さん、お久しぶりです。えっ? あなたは、日本人じゃないですか?」
劉は日本語で通訳をしかけたが途中で止めた。
「おいおい、結城、日本語で話せや」
「失礼しました。真田先輩、お久しぶりです」
「ほんま、久しぶりやな、結城、六年ぶりか」
「そうですね」
真田と結城が顔に笑みを浮かべて会話をする。
「こちらの方は、ボスのお知り合いですか?」
「大学の後輩やね、彼はフレキシブル半導体の天才技術者や」
「それは言い過ぎですよ。僕は凡人です。真田さんみたいな人を天才と呼ぶんですよ」
「まあ、俺は、確かに天才やけどな」
「あはは、先輩は変わってないな」
結城が楽しそうに笑う。
「結城、まあ、座ってくれ」
「請到 這辺来」
※こちらへどうぞ。
真田が結城に右手を差し出すと、劉が三人を席に案内した。
しばらくして、会議室のドアをコンコンとノックする音がまた聞こえた。
「失礼します」
石川が会議室のドアを開けて部屋に入る。
「真田さん、うちのメンバーが来ました」
「おお、石川君、ご苦労さん」
石川が真田に挨拶をすると、新光技術工業社のメンバーが会議室に入って来た。
新光技術工業社のメンバーは神崎と深淵と相川だ。
「失礼します」
神崎が会議メンバーに頭を下げる。
「ああ、君達は、こっちに座れ」
「はい」
新光のメンバーは真田の指示でCMD社側の席に座った。
「あれっ? 神崎じゃないか!」
「あっ! 結城先輩!」
神崎が結城の姿を見て驚く。
彼も真田と同じく大学の先輩だった。
「お久しぶりです! 結城先輩!」
「ほんと、久しぶりだね。大学を卒業して以来かな」
「そうですね」
二人が懐かしそうに話す。
「ボス、こちらの方達もお知り合いですか?」
「彼らは石川君の同僚で新光技術工業社のメンバーや」
「そうですか」
「それから、神崎は結城と同じく大学の後輩なんや」
「上海CMD有限公司の劉麗華です。よろしくお願いします」
「新光技術工業社の神崎です。よろしくお願いします」
劉と神崎が互いに頭を下げる。
「よし、会議メンバーは全員揃ったな。それじゃあ、会議の前に名刺を交換しよう」
真田が手帳から名刺を取り出すと、みんなは名刺交換を始めた。
《OSLED株式会社 開発本部 本部長 結城秀樹》
《蘇州OSLED有限公司 制造技術部 主任工程師 沈清明》
《蘇州OSLED有限公司 生産技術部 主任工程師 夏夢龍》
《上海CMD有限公司 質量控制技術部 劉麗華》
名刺交換が終わると、神崎は受け取った名刺を机の上に並べた。
「質量控制技術部……何これ?」
「品質管理技術部ですよ」
相川が神崎の隣席から名刺を覗き込んで呟くと、石川が劉麗華の名刺を指差して相川に答えた。
「あっ、そっか、石川さんは上海新光技術工業社に居たんだもんね。中国語は得意よね」
相川が振り向いて石川に話し掛けると、神崎と深淵がうんうんと頷いた。
「それじゃあ、会議を始めよか。劉さん、通訳を頼むわ」
「了解です。ボス」
真田は席に着くと技術会議を始めた。