第三十一章 追跡
――しばらくして。
静かになったメンテナンス室の中で、プラスチック爆弾のタイマー音がコチコチと鳴り響く。
みんなは部屋に仕掛けられたプラスチック爆弾を呆然と見つめた。
「マジっすか……これ本物の爆弾っすか……」
田町が放心状態で呟く。
「相川さん、いますか?」
「いるわよ、石川さん! 奴等は設備搬入用のエレベーターに乗ったわ!」
「ふぅ~助かった!」
「何やて?」
石川が天を仰いで安堵すると、真田は驚いて辺りを見回した。
「光学迷彩スイッチOFF!」
相川が右手首のタッチセンサーを押して、光学迷彩のスイッチをOFFにすると、突然、みんなの前に相川の姿が現れた。
「あっ!」
みんなが驚いて一斉に叫ぶ。
「急がないと……あと、四分三十秒だわ」
相川は振り返ってプラスチック爆弾のタイマーを確認すると、産業用カクレミノを脱ぎ捨てた。
「まず、真田さんから助けますね」
相川が真田の腕に巻かれた通信ケーブルをほどき始める。
「うわっ、このケーブルは硬いわね、ほどけないわ」
「相川さん、ここに作業用のカッターが入っていますから、これでケーブルを切って下さい」
「はい、深淵さん」
深淵が首を捻って作業服の左肩ポケットに視線を向けると、相川は深淵の左肩ポケットから作業用カッターを抜き取って、真田の腕に巻かれた通信ケーブルを切断した。
「よっしゃ、お嬢、そのカッターを貸してくれ!」
真田は相川から作業用カッターを受け取ると、みんなの腕に巻かれた通信ケーブルを次々と切断した。
「結城、楊軍はどうする?」
「彼は、もうしばらく、このままでいいでしょう」
「そやな」
「それより、真田さん、そのプラスチック爆弾のタイマーを何とかして止めないと……」
「結城、止めるのは無理や、止め方が分からん」
「確かに……」
「よし! 工場の外で爆発させるぞ!」
「でも、あと二分三十秒しかありませんよ……」
「行くで! 結城! ドアのセキュリティロックを解除してくれ!」
真田がプラスチック爆弾を抱えて立ち上がる。
「了解です!」
結城がドアのセキュリティロックを解除すると、真田は四階の通路を通り抜けて非常階段に向かった。そして非常階段を一気に駆け下りて一階の通路に辿り着いた。
「あかん、遠過ぎる! 一階の出入口は反対側や! おい、結城、近くに別の出入口は無いんか!」
「こっちに、非常口があります!」
結城が階段から飛び降りて非常口のドアを開くと、真田は屋外に飛び出した。
「結城! どっちに行ったらええねん!」
「真田さん! 左! 左です! 」
「こっちか!」
真田が爆弾を抱えて工場の敷地を走る。
「そのまま真っ直ぐ走って下さい! その先に貯水池がありますから!」
「よっしゃあ!」
「もう時間がありませんよ! あと何秒ですか!」
「あと五秒!」
結城が真田の後を追いかけて大声で叫ぶと、真田はプラスチック爆弾のタイマーを確認して全速力で工場の敷地を駆け抜けた。
「おりゃあー!」
真田が気合を入れてプラスチック爆弾を貯水池に放り投げると、ズボっと鈍い音がして爆弾は貯水池のど真ん中に落下した。
「伏せろ! 結城!」
真田が身を屈めて結城に大声で叫ぶと、刹那にプラスチック爆弾が炸裂して轟音と共に巨大な水柱が上がった。水柱は上空で霧になって真田と結城の背中に降り注いだ。
――しばらくして視界が晴れると、真田と結城はゆっくりと立ち上がって、干上がった貯水池を放心状態で眺めた。
「真田さん! 結城さん! 大丈夫ですか!」
「ああ、なんとか生きてるで! ちくしょう清水工業の奴等め! 絶対に許さんからな!」
神崎が後ろから二人に声を掛けると、真田は怒りに震えて拳を握り締めた。
「私の社用車で奴等を追いましょう!」
結城が駐車場を指差すと、真田は駐車場に向かって走り出した。
「神崎、奴等を追うぞ!」
真田が神崎に声を掛けると、神崎は慌てて真田の後を追った。
「結城、車のキーを貸してくれ! 俺が運転する!」
結城がポケットから社用車のキーを取り出して真田に投げ渡すと、真田は社用車の運転席に乗り込んでキーを回した。そして、キュンと軽い音がしてガソリンエンジンが始動すると、結城と神崎は社用車のドアを開けて後部座席に滑り込んだ。
「行くで!」
真田が保安所で社用車を一旦停車させてサイドブレーキを引くと、結城は車を降りて保安所の中に駆け込んだ。そして、直に保安所から戻って社用車に乗り込んだ。
「真田さん、清水工業の車は水色でワンボックスタイプのライトバンです。奴等は社門を出て公道を右に曲がった様です」
「よっしゃ! 右やな!」
結城が後部座席から身を乗り出して真田に話し掛けると、真田はサイドブレーキを下ろして車を発進させた。そして、ハンドルを右に切ってアクセル全開で清水工業の車を追いかけた。
社用車がナトリュウムランプに黄色く照らされた早朝の公道を駆け抜ける。
――会社を出て三分程経過すると、進行方向の道は行き止まりになって道が左右に分かれた。
「T字路や、奴らを見失ったか!」
真田がT字路の前で車を止めると、みんなは車を降りて周辺を見回した。
「左に曲がって高速に乗ったかもしれませんね、右に行けば太湖ですから……」
※太湖は蘇州にある大きな湖の事。中国で三番目に大きい淡水湖。
「あの車に発信機でも付いていればGPS機能で追えるのに……」
「GPS機能か……」
神崎が悔しそうに呟くと、真田は腕を組んで空を眺めた。
「そや、マイクロ波発電衛星があるぞ、あれなら行けるかも知れん」
真田は業務用携帯をポケットから取り出して何処かに電話を掛けた。
「はい、CMD社エネルギー革新本部マイクロ波発電管理センターです」
マイクロ波発電管理センターの夜勤担当者が真田の電話に応答する。
「CMD社中国開発本部長の真田や! この電話をセンター長の木村隆一にホットラインで繋いでくれ!」
「えっ、ホットラインですか? 真田本部長、ホットラインは非常用の緊急回線ですが……」
「そや、緊急事態発生や」
「はい、了解です!」
担当者は急いで木村の業務用携帯にホットラインを繋いだ。
木村と真田は同期入社の間柄で、彼は真田の親友だ。
――しばらくして、センター長の木村に電話が繋がった。
「もしもし、木村ですが……」
「おい、木村! 真田や!」
「何や真田か、こんな時間に何事や、発電所で事故でもあったんか?」
「いや、発電所の事故と違うんやけど、セキュリティ事故なんや」
「はっ、セキュリティ事故? 何やそれ?」
「それがな、中国で極秘の技術情報が盗まれたんや! それで、今、その犯人を車で追跡してる最中なんやけど、お前に頼みがある! マイクロ波発電衛星で奴等を追跡して欲しいんや、出来るか?」
「分かった、直に調べたるわ」
木村がベッドから起き上がって、業務用シンクライトPCのスイッチを入れる。
「真田、そちらの緯度と経度を大体でいいから教えろ」
「緯経か? 確か……北緯三十度、東経百二十度近傍や」
真田が木村に蘇州工業区の緯度と経度を教えると、木村は業務用のシンクライトPCで、マイクロ波発電センターのPCをリモート操作して、マイクロ波発電衛星のコントロールシステムにアクセスした。そして、衛星のカメラユニットを起動させて地上の映像をPCのモニターに映し出した。
「木村、衛星の位置は大丈夫か?」
「今、確認中や、少し待て……よし、この衛星が使えるぞ、第三衛星は上海上空や」
木村が衛星のカメラユニットを操作して地上の位置を確認する。
「この辺やな、真田、お前の携帯はCMD社の業務用携帯か?」
「そうや、海外駐在社員専用の業務用携帯や」
「お前の携帯番号を教えてくれ、GPS機能で追跡する」
「俺の携帯番号はXXX―XXXX―XXXXや」
木村が真田の携帯番号をPCに入力すると、PCのモニターに赤い点滅マークが表示された。そして、映像をズームアップすると、社用車がPCのモニターに映し出された。
「真田、お前の姿を宇宙から捉えたぞ!」
「さすが、木村! やっぱり頼りになるわ!」
「真田、奴等の車の特徴を教えろ!」
「奴等の車は水色のライトバンや!」
木村はPCのモニター映像をズームダウンして蘇州の通りを拡大すると、映像を少しずつシフトさせて、水色のライトバンを探した。
「水色、水色っと……あっ、見つけた! 真田! 水色のライトバンを見つけたぞ!」
「おい、木村! 俺はどっちに行ったらええねん?」
「右や! 右に曲がれ! 進行方向に大きな湖があるぞ!」
「よっしゃ! 分かった! それは太湖や! 木村、すまんけど、そのまま監視を続けてくれ!」
「了解!」
木村がPCの画面に向かって敬礼をする。
「奴等は太湖に向かっているぞ! 追跡再開や!」
真田がアクセルを踏み込んで車を発進させると、車はタイヤから煙を吐いて猛スピードで公道を走り始めた。