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第三十章 清水工業

 ――午前二時三十分。

 蘇州OSLED有限公司E棟一階品質管理部信頼性評価試験室。

「石川さん、神崎さんから連絡が来ないわね?」

「そうだね……みんなどうしたんだろう?」

 相川がプリンター用紙を手に持って石川に尋ねると、石川はPCのモニター画面から目を離して相川の顔を眺めた。

「ちょっと遅過ぎるんじゃない? プリンターの出力も全然止まらないし、何だか様子が変よ」

「何かトラブルが発生したのかな?」

「私達も上に行きましょうよ」

「でも、連絡があるまで、ここで待機している様に指示されているからな……」

 石川が服の袖を捲くって腕時計で時間を確認する。

「よし、それじゃあ、俺が上に行って様子を見てくるよ」

「石川さん、私も一緒に行くわ」

「そうしますか、でも、二人とも行っちゃうとな……あっそうだ!」

「どうしたの?」

「いい考えがあるんだよ」

「いい考えって?」

「相川さん、もうちょっと、この部屋で待っていて下さい」

 石川が部屋のドアを開けて外に出て行くと、相川は首を傾げてプリンタ用紙を眺めた。


 ――しばらくして。

 キーボックスの照合サインがグリーンに点灯して部屋のドアが勝手に開くと、相川はプリンタ用紙から目を離して部屋のドアを眺めた。

(んっ、ドアが勝手に開いたわ……なぜかしら?)

 相川が部屋のドアを確認する。

「あれっ、誰もいないわね、どうなっているの?」

「こうなっているんですよ、相川さん!」

 突然、相川の目の前に石川が姿を現した。

「キャー!」

 相川が驚いて悲鳴を上げる。

「ごめん、ごめん、相川さん、驚かしちゃったね」

「えっ! 石川さん、これって、もしかして……」

「ははは、そうだよ、産業用カクレミノさ」

 相川が右手で石川を指差すと、石川は笑いながら相川に答えた。

「でも変ね、産業用カクレミノって、接合評価の為に四十八枚のELパネルにバラしたんでしょう?」

「そうだよ」

「じゃあ、なぜ、石川さんは産業用カクレミノを着ているの?」

「接合評価の為に使ったELパネルは全部で四十八枚なんだけど、電極の破断解析をしたのは六枚だけなんだよ」

「そうか、じゃあ、残り四十二枚のELパネルは無傷で残っているわけね。でも、それって、廃棄するんでしょう?」

「そうだけど、まだ時間があったから、密かに四十二枚のELパネルを組立て直したんだ」

 石川は両手を上げて左右の脇腹を交互に見せた。

「あっ、脇腹の部分はELパネルが無いんだ」

「そうなんだよ、脇腹の部分だけELパネルが不足しているんだ。でも両手を下げれば大丈夫、ほら、この通り問題無しさ」

 石川が両手を下げると、ELパネルの不足部分は両手の下に隠れて産業用カクレミノは正常に機能した。

「相川さん、これを着てくれる?」

「えっ、私がこれを着るんですか?」

「そうだよ」

「なぜ、私がこれを着るの?」

「これを着て行けば、相川さんは見えないから、俺だけが四階に行った事になるよね」

「そうか、石川さんは『相川が信頼性評価試験室に残っています』って言うのね」

「そうそう、そうすれば、指示通りだからね」

「頭いいわね、石川さん」

「ははは、ちょっとズル賢いだけさ」

 相川が石川を褒めると、彼は照れ笑いした。


 ――しばらくして。

 二人は非常階段を上がってE棟四階の踊場に辿り着いた。

「あっ、四階の通路ドアが開いているわよ」

「ほんとだ、キーボックスの表示が赤色に点灯して開いているね」

「たぶん、最後の人が閉め忘れたのよ」

「でも、開いていてくれて助かったよ」

「私達、四階の入室は許可されていないものね」

 二人が四階の通路に入る。

「相川さん、産業用カクレミノの光学迷彩スイッチをONして下さい」

「OK! 光学迷彩スイッチON! 変身!」

 相川は石川に小気味よく返事をすると、仮面ライダーの変身シーンを真似て少し大げさに左手首のタッチセンサーを押した。

「あはは、透明人間に変身ですね。それじゃあ、相川さん、私の後に着いて来て下さいね」

「了解です!」

 相川が右手を上げて石川に敬礼をする。

(あ、そうか、私見えないのよね……)

 相川が心の中で呟く。

「ねぇ、石川さん、この階は天井が低いですね」

「そうだね、この階は空調室だからね」

 二人は話しながら四階の通路を進んだ。

 しばらく通路を歩くと、前方にメンテナンス室が見えて来た。

「あそこだな」

 石川はメンテナンス室を見つけると、歩速を早めた。

 通路沿いの窓からメンテナンス室を眺めると、窓の向こう側に青い作業服を着た工事業者の作業員の姿が見えた。彼等は銃を構えてみんなを拘束している。

「あっ、奴等は銃を持っているぞ!」

「やばい連中みたいですね! 石川さん!」

 二人が通路で声を上げる。

 メンテナンス室の中にいる工事業者の作業員が石川の姿に気付いて通路に銃口向けると、石川は慌てて両手を上げた。

「部屋の中に入れ!」

 工事業者の作業員がメンテナンス室のドアを開けて石川に指示を出す。

 石川が両手を上げてゆっくりメンテナンス室に入ると、相川は石川の後ろについて一緒にメンテナンス室の中に入った。

 相川は産業用カクレミノを着ているので、工事業者の作業員は彼女の存在に気付かなかった様だ。

(この状況は、かなりやばいわね……)

 相川が心の中で呟く。

「もう一人お客様が増えた様だな、ようこそ、石川君」

「お前達は誰だ?」

「さっき、真田君にも言ったんだが、施設工事業者の清水工業さ」

「嘘をつくな! 銃を持った工事業者なんているわけがないだろう!」

「あはは、君も真田君と同じ事を言うんだね。そうだよ、嘘だよ、石川君」

 リーダーがケラケラとバカ笑いする。

「石川君、こいつらは技術資料を売りさばく悪徳企業や!」

 真田がリーダーの顔を睨みながら石川に話し掛ける。

「真田君、大正解だよ! 我々の会社は技術資料を売りさばく企業なんだ。ただし、悪徳企業は聞こえが悪いな、これでもうちの会社はコンプライアンスを遵守するグローバルな超優良企業なんだよ」

 ※コンプライアンスは、企業活動において社会規範に反することなく、公正な業務を遂行する事を言う。法令遵守の意味。

「グローバルな超優良企業? グローバルな超泥棒企業の間違いやろ」

「真田君、うまい事言うね、ちょっと当たっているだけに悔しいよ、それじゃあ、もう少し詳しく教えてやろう、我々は軍事に関わる最先端技術を裏世界で売りさばくグローバルな国防企業なんだよ」

「何やて?」

「軍事技術情報は新鮮さが命、この世界では最新の軍事技術情報をいち早く顧客に提供した者だけが、莫大な利益を上げるんだ」

 リーダーが急に真顔で真田に話し掛ける。

「おい、楊軍! サーバーのコピーはまだか! 仕事には納期ってもんがあるんだ! 早くしろ!」

「少し待て、ファイルサイズが大きい」

 楊軍が日本語でリーダーに答えると、リーダーは石川の顔をチラッと見た。

「ははぁ、分かったぞ、そう言う事か、おい、楊軍! データーの転送を止めてサーバーの接続を切り離せ!」

「なぜだ? ファイルのコピーは完了していないぞ」

「そのファイルは偽物だ。サーバーを停止しろ」

 リーダーが楊軍にサーバーの停止指示を出す。

「石川君、このファイルは偽ファイルだな」

(まずい……バレたか……)

 リーダーが石川の顔を覗き込むと、石川はリーダーと目を合わさずに下を向いた。

「まあ、いいさ、技術資料はもうじゅうぶんに溜まったからな、問題無いだろう。おい、壁の裏にある#030サーバーの通信配線を撤去しろ! 電源を切って引き上げるぞ!」

「了解!」

 リーダーが作業員にサーバーの撤去を指示すると、作業員は壁の裏側に設置されたサーバーの通信回線を撤去し始めた。


 ――しばらくして、通信回線の撤去作業が終わると、作業員が#030サーバーを担いでメンテナンス室に現れた。

「おい、サーバーの通信配線でこいつらを縛れ!」

 リーダーが作業員に指示を出すと、作業員はみんなの腕を縛り上げて壁のガス配管に括りつけた。

「そいつも御用済だ! 縛り上げろ!」

「こら、清水、止めろ! 騙したな!」

 別の作業員が楊軍を捕まえて押さえ付けると、楊軍は暴れて作業員に抵抗したが、結局、彼はみんなと一緒にガス配管に括られた。

「ははは、いい眺めだな!」

 リーダーがみんなの姿を眺めてケラケラと笑う。

「お前達には冥土の土産を置いて行ってやるぜ! おい、C4爆弾を仕掛けろ! セット時間は五分だ!」

「了解!」

 作業員が部屋にプラスチック爆弾を仕掛けてタイマーを五分にセットする。

「それじゃあ、皆さん、ゆっくりと人生最後の時間をお楽しみ下さい」

「はははー」

 リーダーが冗談を言うと、作業員は顔をしかめて笑った。

「おい、引き揚げるぞ!」

「了解!」

 リーダーが撤収指示を出すと、作業員はサーバーを無振動台車に乗せて足早に通路を去って行った。

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