第二十四章 透明人間
みんなは作業テーブルから離れて石川の周りに集まった。
「結城さん、これ、凄いですね! こんなに近づいてもまだ見えませんよ!」
深淵が石川を指差して結城に話し掛ける。
「えっ、結城さん、もしかして……俺、見えないの?」
「そうだよ、石川君は透明人間になっているんだ」
「完璧や、見事に消えてるで、結城、これはどんな構造になっているんや?」
「このパネルは前後左右に双対な映像を表示するんですよ。つまり、前面で撮像された映像を背面に、背面で撮像された映像を前面に、右側面で撮像された映像を左側面に、左側面で撮像された映像を右側面に表示します」
「そうか、だから何処から見ても透明に見えるわけやな」
「ええ、そして、光学迷彩服は表裏面に撮像パネルと表示パネルが形成されていますから、表面の映像を裏面に、裏面の映像を表面に表示する事も出来るんです」
「と、言う事は、光学迷彩服の中にいる石川君の姿を、表面に表示する事も出来ますね?」
神崎が振り向いて結城に尋ねる。
「その通り! 石川君、右手首のELパネルにもタッチセンサーがあるから、左手でそのタッチセンサーを押してくれるかい」
「分かりました」
結城が石川に指示をすると、石川は左手で右手首のタッチセンサーを押した。
「あっ! 見えた!」
みんながまた一斉に驚きの声を上げる。
「えっ、見えましたか?」
「石川君、自分の体が見えるだろう」
「あっ、本当だ、自分の体が見える」
石川は光学迷彩服の内部スクリーンで自分の体を眺めた。
――しばらくして。
石川が光学迷彩服を脱ぐと、結城は直ぐにELパネルの両面テープを剥がし始めた。
「あれっ、結城さん、もう壊しちゃうんですか? もったいないですね」
「ほんと、もったいないね」
「なぜ壊すんですか?」
「まだ、有機ICの接合評価が終わっていないからね」
「あっ、そうか、接合評価を忘れてました」
「それと、もうひとつ問題があってね。光学迷彩服の組立実験は今日が最初で最後なんだ」
「えっ、なぜですか?」
「外為法に違反しているからさ」
「はっ、外為法?」
※外為法は外国為替及び外国貿易法(安全保障輸出管理制度を形成している法律)の略。大量破壊兵器の開発などのために利用・転用されるおそれのあるものを外国に輸出(技術提供含む)をする事を厳しく制限している。
「産業用カクレミノは兵器になるからね」
「兵器?」
「そう、これは使い方を誤ると究極の軍事兵器になるんだ」
結城は光学迷彩服の両面テープを剥がしながら石川にそう答えた。
「産業用カクレミノは日本の防衛商品として、自衛隊や公安向けに製品企画しようと思うんだ」
「結城さん、それはまずいんじゃないですか? ここは中国ですよ」
「そうだ、非常にまずいね、だから産業用カクレミノはOSLED本社の研究所で研究開発をして日本の工場で生産するよ。先週、金澤社長に相談してそう決めたんだ」
「それは仕方が無いですね、中国で日本の国防製品を作るのは無理ですから……」
「まあ、そうだな、やりがいのある開発商品だけど、これは流石に無理だよな」
神崎が言葉尻を濁すと、結城は下を向いて少し残念そうに答えた。
みんなは結城を手伝って作業テーブルの上で光学迷彩服の両面テープを剥がし始めた。そして、しばらくすると、光学迷彩服は元通りに四十八枚のELパネルに戻った。
「石川君、有機ICの接合信頼性評価の方は頼んだよ。それが終わったら、そのELパネルは細断して廃棄処理するからね」
「了解です。技術解析は私に任せて下さい。バッチリと技術データーを収集しますからね」
「石川君は頼もしいね」
「そりゃもう当然ですよ。私は新光技術工業社の若きエースですから」
「あはは」
石川が軽く冗談を言うと、みんなの明るい笑い声が小さな実験室に響いた。