第二十章 KAKUREMINO
神崎は有機ICのTEGを作業テーブルの上に置くと、別の材料倉庫の扉を開けた。
材料倉庫の中には有機ELパネルの試作用ロールが低温保管されている。
「石川君、ちょっと手伝ってくれるかい」
「あっ、はい、神崎さん」
二人は材料倉庫から試作ロールを一本取り出して、それを作業テーブルの隅に置いた。
試作ロールの表面梱包に《KAKUREMINO》と表示が入っている。
――入口の扉が開いて結城が部屋の中に入って来た。
「神崎、もう始まっているのかい?」
「いえ、これから始めるところです。結城さん」
「そうか、カクレミノの試作に間に合って良かったよ」
結城は試作の立会いに来た様だ。
「それじゃあ、これから本日の試作内容について説明します」
神崎が作業テーブルの右端を指で軽く押さえると、銀色に光っていた作業テーブルに画像が浮かび上がった。作業テーブルの表面に有機ELパネルが貼ってある様だ。
「結城さん、もしかしてこれはカクレミノですか?」
「そうだよ、でもこれは出来の悪い試作品なんだけどね」
「へぇー、カクレミノってこんな使い方も出来るのか」
「このテーブルシートタイプのカクレミノも結構いいアイデアだろう」
「ええ、いいアイデアですね」
「カクレミノは使用用途が無限大なんだけど、最初はテーブルシートやカーテンをターゲットとして、商品企画するつもりなんだよ」
「カーテンですか?」
「そうさ、まあ、カクレミノを窓に直接貼ってもいいと思うけどね」
「そうか、窓にカクレミノを貼れば、外から中は見えないけれど、中から外は見えるわけですね」
「その通りだね」
「へぇー、そりゃ凄いですね」
石川は腕を組んで作業テーブルの画像を眺めた。
「これが有機ICの配線図です。端子数は四千ピン。電極サイズは五ミクロンメートル。端子間ピッチは十ミクロンメートルで千鳥配列です」
※千鳥配列とは高密度実装に使用される端子配列の名称。
「端子数が四千ピンもある半導体パッケージなんて聞いた事が無いですよ」
「ああ、そうだね、でもこれからは有りなんだよ」
神崎が画像を指差して有機ICの説明を始めると、石川は両手を頭の上に置いて神崎に話し掛けた。
神崎が試作内容の説明を続ける。
「この電極の接合誤差は一ミクロンメートルに抑える必要があるんだ」
「えっ、一ミクロンメートル? 四千ピンもある有機ICの電極を一ミクロンメートルの精度で有機ELパネルに接合するんですか? そりゃ無理ですよ、有機ELパネル側の電極にそれだけの精度がありませんからね」
「でも、この接合を成功させないと、高精細度な大型ELパネルは実現出来ないんだ、それと電極接合部の耐久性が問題で、最低一万回の折り曲げ試験に耐えないとダメなんだよ」
「はぁ……こりゃ大変だ。有機ICって厄介な代物ですね」
石川が頭の上に置いた両手を降ろして溜息をつく。
「耐久性の方は後回しにするとして、まずは電極接合プロセスを開発するのが先だな」
「まあ、そうですね」
石川が頷いて結城の意見に同意する。
「深淵さん、設備の方は大丈夫なんですか? 電極接合プロセスの要求精度は一ミクロンメートルですよ」
「そりゃもうバッチリとね!」
「なんか自信ありって感じですね」
「接合接着機の加工精度は十倍のマージンを取って、〇・一ミクロンメートルの精度まで対応出来る様に改造したんだよ」
「マジですか!」
「マジマジ、深淵マジックさ」
深淵は右手の親指を立てて石川に答えた。
「設備の改造仕様について説明します」
神崎が作業テーブルの画像を指でスライドさせて、有機ICの配線図から設備の設計図に変更する。
「まず最初に装置の心臓部である電極接合ステージですが、ステージの駆動はリニアモーターとピエゾアクチュエーターを併用することにより、サブミクロンの位置決め動作精度を実現します。次に位置ズレ補正と電極接合ですが、二波長レーザーとエックス線認識装置を採用して電極接合プロセスの要求精度を実現します。低出力レーザーで加工材料に局部的な予熱をかけて緊張収縮を制御しながら、エックス線認識装置で電極位置を認識して電極間の位置ズレ量を修正します。そして、高出力レーザーで導電性熱硬化型樹脂を一気に固めて電極を接合します。最後に封止ですが、透明なUV樹脂をアンダーフィルで流し込んで、熱線カットフィルターを通したUV光線で柔らかく固めます。――etc――」
※ピエゾアクチュエーターは電圧をかけると反りが発生する材料で、超音波発振器や高精度の位置決め装置に使用されるデバイス(部品)。
※アンダーフィルは樹脂封止の工法名。半導体チップや電子基板の側面に樹脂を流し込んで電極接合面を保護する工法。
※熱線カットフィルターはUVランプやハロゲンランプから発生する熱光線をカットするフィルター。
「こんな接合方法があったのか、これなら行けるぞ……有機ICの接合は実現可能だ」
神崎が接合接着機の詳細説明を始めると、石川は目を輝かせて設備の設計図を見つめた。