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第十八章 新規開発事業提案

 ――午後三時四十分。

 真田、劉、新光メンバーが連れ立って蘇州OSLED有限公司の特別会議室に向かっている。

「うわっー、凄いですね、この工場」

 劉はE棟一階の中央通路を歩きながら左右の窓ガラスを覗き込んだ。


 蘇州OSLED有限公司のE棟一階はサブストレートの製造工程で、E棟二階の組立工程とは異なる世界だ。


「石川さん、色々なラインがありますね」

「サブストレートの製造工程は有機ELパネルの仕様によって、材料や加工方法を変えるんですよ」

「へぇー、そうなんですか」

「劉さん、ちょっと、説明してあげましょうか?」

「ええ、お願いします。その辺の専門知識がぜひ欲しいわ、技術通訳をする時に必要だから」

 劉が胸の前で両手を合わせて石川に頭を下げる。

「神崎さん、劉さんに工程説明をしながら通路を歩きますけど、いいですか?」

「ああ、いいけど、会議は午後四時だから遅れないように頼むよ」

「はい、了解です」

 神崎が石川に注意を促すと、石川は神崎に敬礼をして答えた。


 石川が劉に説明を始めると、田町、相川、深淵の三人が二人の後に続いて通路を一緒に歩いた。

「右側の部屋はPETを材料としたサブストレートの製造工程で、左側の部屋はポリイミドを材料としたサブストレートの製造工程です。どちらの工程もまずは原材料のプラスチック樹脂を原料タンクに入れます」

 ※PETポリエステルはポリエチレン・テレフタートの略。

「PETって、PETボトルの材料っすよね、石川ちゃん」

 石川が原料タンクの位置を示すと、田町は右手を上げて彼に尋ねた。

「そうですよ、田町さん、よく知っていますね」

「うちの会社はゴミの分別収集に厳しいっすからね」

「あはは、そうですね」

 石川が笑いながら田町に答える。

「次にホッパーから高温のスクリューゾーンに樹脂が入ります。そして、スクリューゾーンで溶けた樹脂は、金型で成形されてフィルム状になります。更にそのフィルムを引っ張りながら冷却してロールに巻く事で、強度の強いサブストレートが生成されます」

 ※ホッパーは固形の樹脂を入れる原料タンク。

 ※スクリューゾーンは溶けた樹脂をかき混ぜて金型に押し出す装置。

 劉は手帳に石川の説明を素早く筆記して、彼が話した専門用語にチェックを入れた。

「今説明したのは押出し形成法でPETのサブストレートを作る方法ですが、こちらのラインを見て下さい。ちょっと、バックします」

 石川が反対側の窓を指差して通路を後戻りすると、みんなは石川の後を追った。

「こっちはキャスティングと呼ばれる樹脂フィルムの成形法です。ポリイミドをベースにしてサブストレートを作ります。ポリイミドは難燃性で熱に強い材料です。まず初めに予め溶剤と混ぜ合わせた樹脂を原料タンクに入れます。次に原料タンクからペースト状の樹脂が出て来ます。それをステンレススチールのキャリアベルトに均一な厚さで塗り付けます」

 石川が説明を続けながら通路をゆっくりと進む。

「次にペースト状の樹脂はベルトに乗ったまま乾燥オーブンの中に入ります。この時点で溶媒は蒸発除去されます。そして高温の熱処理ゾーンに入ってフィルム基材の処理は完了です」

 石川は通路を少し進んで、乾燥オーブンと熱処理ゾーンを指差した。

「この処理を繰り返し、何種類か別の樹脂を載せて、複合フィルムを作る事も出来ます。最後はこのフィルム基材をキャリアベルトから剥ぎとって、ロールに巻き取ればフィルムシートの完成です。この方法は熱をかけますから耐熱性の無い樹脂には向きません」

 石川は一連の説明が終わると、みんなの方に振り向いた。

「はい、これで説明は終わりです。皆さん分かりましたか?」

「石川さんの説明は凄く良く分かりました。石川さんは説明が上手ですね」

「そうですか、劉さんにそう言ってもらうと嬉しいな」

 劉に褒められると、石川は嬉しそうに微笑んだ。


 ――午後四時。

 特別会議室でTV会議が始まった。

「時間や、結城、会議を始めよか」

「了解です、真田さん」

 真田が腕時計で時間を確認して結城に話し掛けると、結城は会議システムのマイクに顔を近付けて日本のメンバーに声を掛けた。

「日本の皆さん、聞こえますか?」

「CMD本社OKです」

「OSLED本社OKです」

「新光技術工業本社OKです」

「それではTV会議を始めます。本日の司会進行はOSLED社の結城が務めさせて頂きます」

 結城はHDTV会議システムを操作して、特別会議室のスクリーンに会議資料を映した。

 ※HDは高解像度(High Definition)の略。

「開始会議。――etc――」

 ※会議を始めます。――etc――。

 劉がヘッドセットで同時通訳を始める。

「本日は有機ELパネルの開発状況と販売状況について報告を行います。また、議題として事業計画外の新規開発事業提案が一件あります。まず始めに有機ELパネルの開発状況ですが、蘇州OSLED有限公司のE棟建設が完了致しまして、現在、新規設備の導入が計画通り順調に進んでおります。一部、アメリカの設備輸出規制により、中国への輸出を止められた設備がありますが、EUからの設備調達が可能となりましたので、問題はありません。計画差五パーセント以内で進行中です。――etc――。次に販売状況ですが、まず小型有機ELパネルは、既に二十社以上の販社から注文を受けております。電子ブック、電子カード、モバイル及び、車載用の小型有機ELパネルは来月より予定通り出荷致します。生産販売計画は月産百万枚。小型有機ELパネルの生産ラインは今月から生産をスタートしておりますので、この数量は十分確保出来ます。販売金額は七十五億円となる見込みです。また、主力の電子新聞ですが、こちらの方も、あと二ヶ月で量産が可能となる見込みです。大型有機ELパネルの受注状況は世界百五十社の販社から受注要望が入っております。既に百社の契約が確定致しました。生産販売数量は月産一千万枚で、販売金額は三千億円です。年間の販売見込みは四兆円を見込んでいます。――etc――」

 結城は開発販売報告を淡々と続けているが、会議システムのスピーカーから、日本サイドのざわめきがノイズの様に聞こえている。

「年間売上が四兆円なら、この工場の減価償却なんて数ヶ月で終わりますよね?」

 ※減価償却=設備投資に使ったお金÷設備(資産)使用期間

「利益率五十パーセントで計算した場合、純利益は年間二兆円なので、一ヶ月で一千七百億円位の純利益が見込めます。工場の投資金額は二千億円だから、約二ヶ月で投資金額をペイ出来ますね」

 ※純利益=(売上高-売上原価)

 深淵が神崎の耳元で囁くと、神崎は彼に顔を近づけて小声で答えた。

「この報告について、何か御質問は御座いますか?」

 結城は報告事項の質疑応答を難無く終えると、新規開発事業提案の資料をスクリーンに映し出した。


《新規開発事業提案》

《開発テーマ:光学迷彩パネル開発》

《プロジェクトネーム:KAKUREMINO》

《開発コード:OLED―CU―4989―MC》

《開発プロセス:新規プロセス》

《プロセスコード:HD―CAS―2020A》

《開発投資金額:一千億円》


「それでは、本日の議題、新規開発事業の提案をさせて頂きます。開発テーマ名は光学迷彩パネル開発、プロジェクト名はKAKUREMINO、――etc――、開発投資金額は一千億円です」

 結城が開発投資金額を述べると、会議システムのスピーカーから、また日本サイドのざわめきがノイズの様に聞こえた。

「おいおい、結城君、投資金額の桁が間違っているんじゃないのか?」

 OSLED社の金澤社長は半分笑いながら結城に尋ねた。

「いえ、一千億円です。金澤社長」

 結城は高額の投資金額を金澤社長に堂々と答えた。

「一千億円の追加投資は可能だが、利益の回収が出来るのはまだ先の話しだろう。この時期に新規商品の開発事業を始めるのは早過ぎないかね。それに我が社のキャシュフローは底を突いているからこの提案は現実的じゃないな」

 ※キャシュフローは手元に残っている資金。

 金澤社長が結城に冷静な意見を述べる。

「金澤社長、投資の話しは後にしましょう。まずは開発事業案件の提案をさせて下さい」

「分かった。続けてくれ」

 結城は金澤社長を説得して会議を進行させた。

「この商品は電子スキャナーの応用品で、パネルの背面で撮像した画像を表面で映像化します。また、撮像画像はパネル上に形成した有機メモリーに録画出来ますので、ビデオカメラを必要としません。使用用途は無限大です。このパネルを接合する事により、超大型パネルや立体パネルの生産も可能になります。構造は表示パネル、撮像パネル、照明パネル、太陽電池パネル、タッチパネルの組み合わせで出来ています。特に撮像パネルにはカプセル式液晶オンチップマイクロレンズを組み込んで、調光及びピント合わせが出来る仕様にしてあります。このパネルを制御する為のドライブICとIPLSIは別途必要になります。――etc――、それではサンプルのデモをさせて頂きます」

 結城がポケットから名刺を取り出して、例の光学迷彩マジックをWEBカメラで映し出すと、「おおっ――!」と日本サイドのメンバーが感嘆の声を上げた。

 蘇州OSLED有限公司の特別会議室では、夏と沈が身を乗り出して結城の名刺を覗き込んでいる。

「この商品の開発期間は、――etc――、収支検討は、――etc――。以上で、この新規開発事業提案を終わらせて頂きます。皆さん、如何でしょうか?」

 結城は光学迷彩のデモを終えると、会議を淡々と進めた。そして提案が終わると、日本サイドのメンバーに意見を求めた。

「結城さん、ぜひやろう! 今直ぐ開発をスタートしてくれ! 開発資金は全額CMD社が支援する!」

「水野社長、賛成です! 新光も開発支援をさせてもらいますよ!」

 CMD社の水野社長が協賛の声を上げると、新光技術工業社の加納社長も同意した。

「ありがとう御座います! 水野社長! 加納社長!」

 結城がスクリーンに向かって丁重に頭を下げる。

「金澤社長、この開発事業案件を進行させてよろしいでしょうか?」

「分かった、許可しよう」

 結城がOSLED社の金澤社長に案件の是非を問うと、彼は結城の提案を受け入れた。

 全社一致で、この開発事業提案は合議された。

「やったな、結城!」

「ありがとう御座います。真田さん!」

 二人はがっちりと握手を交わした。

(開発投資一千億円の一発決裁か……やっぱり結城さんは凄いな……)

 神崎が結城の顔を放心状態で眺める。

「さあ、カクレミノの開発スタートだ! 頼むぜ、神崎!」

「了解です! 全力で開発支援します!」

 結城が神崎の肩をポンと叩くと、神崎はビシッと敬礼をして彼に答えた。

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