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第十七章 IPLSI接合試作

 ――蘇州OSLED有限公司E棟二階クリーンルーム。

 神崎、石川、相川の三人が更衣室でクリーンウエアに着替えてエアーシャワー室の中に入ると、入口の自動ドアが閉まって、ピンポーンと二連チャイムが鳴った。そして、スピーカーから中国語のアナウンスが流れた。

『請挙起双手 請転 請稍等候』

 ※両手を上げて回って下さい。しばらくお待ち下さい。

 両サイドの除塵ブロワーから強力な風が吹き始めると、三人は両手を上げながら二回転してクリーンウエアに付着している微細な塵をエアーシャワーで払い落とした。

 除塵ブロワーの風が止まって、エアーシャワー室の集塵排気が完了する。

『謝謝』

 ※ありがとう。

 スピーカーから再度中国語のアナウンスが流れて出口の自動ドアが開くと、三人はエアーシャワー室を出てクリーンルームのフロアーを歩き始めた。


 クリーンルームの中ではOSLED社の生産技術作業員が次世代ELパネル組立製造装置の据付作業を進めている。試作ラインは二ラインあって、手前のパスラインは電子新聞用の次世代ELパネル組立製造ラインで、奥側のパスラインは大型次世代ELパネルの組立製造ラインだ。

 ※パスラインは、加工材料の通り道の事。


 製造ラインには各工程ごとにRTR式の製造設備が設置されていて、製造設備は一直線にレイアウトされている。装置の裏側には天井から縦引された複雑なガス配管があり、ガス配管は芸術的とも言えるセンスで綺麗にベント(曲げ加工)され、幾何学的な模様を描いて装置に接続されている。一部の工程では専用のクリーンブースが設置されていて、局所的に清浄度クラスを上げてある様だ。


 電子新聞用のELパネル組立工程はベースフィルムの投入から始まって、陽極成膜、パターンニング、絶縁膜成膜、パターンニング、発光層蒸着、陰極蒸着、保護膜成膜、IPLSI接合工程で完了となり、パネル組立完了後の工程は、電気特性検査、光学特性検査、フィルム切断加工、外観検査、仕上梱包、出荷工程となっている。また、サブストレートのベースフィルムは建屋一階の前工程で作られている。

 ※サブストレートは基材の事。

 ※陽極はプラス電極の事。陰極はマイナス電極の事。

 ※成膜は基材の表面に膜を作る工程。

 ※パターンニングは成膜を化学加工して回路パターンを形成する工程。

 ※蒸着は真空容器の中で金属を蒸発させて基材の表面に薄膜を作る工程。

 ※陰極(透明電極)の成膜にはスパッタリングを使用する。

 ※スパッタリングは真空容器の中でプラズマを発生させて基材の表面に薄膜を作る工程。


 製造ラインはまだ完成していないが、一部の装置は稼働が可能で生産技術作業員と製造技術作業員がペアになって装置の稼働テストを行っている。

 ※生産技術作業員は設備の技術者。製造技術作業員は製品の技術者。


 クリーンルームをしばらく歩くと、大きなクリーン紙を広げて仕事をしている二人の作業員の姿が見えた。彼等は生産技術主任技師の夏夢龍と製造技術主任技師の沈清明だ。

 三人が近づいて来ると、二人はクリーン紙から目を離して振り向いた。


「你好!」

 ※こんにちわ!

 彼等がみんなに中国語で挨拶をする。

「你好!」

 ※こんにちわ!

 みんなは彼等に中国語で挨拶を返した。

 三人が通り過ぎると、二人は大きなクリーン紙を広げてまた仕事を始めた。


 製造ラインの最終工程に近づくと、IPLSIの接合接着機が見えて来た。

 装置の前に深淵の姿が見える。彼は接合接着機の調整をしている様だ。

「深淵さん、ご苦労様です」

「相川さん、おはよう御座います」

 相川が深淵に労いの言葉を掛けると、彼は相川に右手を上げて挨拶をした。

「深淵さん、装置の調整はどうですか?」

「石川君、そりゃもうバッチリとね!」

「調子いいな、深淵さん、本当ですか?」

「大丈夫さ、いつでもIPLSIの接合試作を始められるよ」

「ありがとさんです」

 深淵がOKサインを出すと、石川はおどけた仕草で深淵に礼を言った。

「さて、それじゃあ、皆さん、お仕事ですよ」

 石川が材料保管庫からIPLSIの試作サンプルを取り出して、接合接着機の前にあるステンレステーブルの上に置く。

「相川さん、試作サンプルの整理をお願いします」 

「はい、石川さん」

 相川が試作条件表を確認しながら、チップトレイをテーブルの上に並べると、石川は接合接着機の前に立って装置のオペレート準備を始めた。

 ※オペレートは操作の事。

 ※チップトレイは半導体チップの収納容器。

 深淵がELパネルの試作ロールを装置にセットする。

「オペレートは準備完了。深淵さん、ロールの方はどうですか?」

「石川君、ロールも準備完了だよ」

「相川さん、サンプルの方はどうですか?」

「石川さん、サンプルも準備完了です」

「それじゃあ、神崎さん、試作を始めますよ」

「よし、始めよう」

 神崎が石川に指示を出す。

「IPLSI接合接着試作スタートします」

 石川が操作パネルのスイッチを押すと、接合接着機はヒューンと軽いモーター音を響かせて動き始めた。

 

 IPLSIの接合実験は順調に進んでいたが、チップ電極の金属メッキに欠陥が確認された為、真田は改善サンプル品を神崎の元へ早急に送り届けた。今日はその改善サンプル品の接合試作日だ。


「深淵さん、装置の前面パネルは開きますか?」

「安全装置を解除すれば開きますよ、神崎さん」

「じゃあ、開いてもらえますか?」

「了解です」

「操作に気を付けて」

「はい」

 神崎の指示で深淵が安全装置を解除して装置の前面パネルを開けると、装置の稼働状態が外から観察出来る様になった。すると、みんなは身を乗り出して接合接着機の内部を覗き込んだ。


 ロールから送り込まれたELパネルシートが接合ステージに投入されると、IPLSIの接合処理が始まって、導電性樹脂塗布、チップボンディング、封止用UV樹脂塗布、UV照射の順で製品が処理される。一連の処理が終わると、ロールが巻きとられて次のELパネルシートが接合ステージに投入される仕組みだ。


「よし、これでファーストサンプルの組立は完了だ」

 石川は空になったチップトレイを交換して、次のチップトレイを装置にセットした。


 ――二時間後。

「皆さんご苦労様でした。評価サンプルの組立はこれで完了です。相川さん、午後からサンプルの接合強度を測定しますからね」

「了解です。石川さん」

 サンプル品の組立試作が全て完了すると、石川と相川は評価材料の片付けを始めた。

「石川君、サンプルの破壊試験を行う前に電極接合部のSEM観察とエックス線透過観察を忘れないでくれよ」

 ※SEMは走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope)の事。

「了解です。神崎さん」

 神崎が石川に要望を言うと 彼は敬礼をして神崎に答えた。

「深淵さん、今日は設備の調子が良かったですね」

「まあね、量産ではこれが普通の状態だからね。石川君、ロールを渡すよ」

 深淵はELパネルのロールを装置から取り出して石川に渡すと、装置の前面カバーを閉めて安全装置を忘れずにセットした。

「よし、クリーンルームを出て昼食にしようか」

 神崎が顔を上げてクリーンルームの壁時計で時間を確認すると、不意に誰かが神崎を呼び止めた。

「おい、神崎」

「あっ、結城さん」

 神崎が振り返ると結城が立っていた。

 結城の後ろには夏と沈が例の大きなクリーン紙を持って立っている。

 結城が右手を小さく縦に振って神崎を手招くと、神崎は振り戻ってみんなに声を掛けた。

「みんな、先に行ってくれるかい」

「了解です。神崎さん」

 石川が神崎に右手を上げると、みんなはクリーンルームの出口に向かって歩き始めた。

「はい、何でしょうか?」

「これだよ、これ」

 結城は夏から例の大きなクリーン紙を受け取ると、クリーン紙を広げて神崎に見せた。

「これは工場レイアウト図ですね」

「ここを見てくれ」

 神崎が工場レイアウト図を覗き込むと、クリーンルームの空きスペースに小さなワンパスラインが描いてあった。

 ※ワンパスラインは一貫生産ラインの事。

「量産ラインの増設ですか?」

「いや、試作ラインの増設さ、セキュリティレベルAAAAの試作ラインだ」

 結城は神崎の耳元に顔を近づけて小さな声で話した。

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