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第十三章 スピンアウト

 田町がグラスのビールを一気に飲み干して左手をぎゅっと握り絞める。

「くぅー! 美味いっすね、青島ビール最高!」 

「田町さんの飲みっぷりはええな!」

「あざっす、真田さん、私に惚れた?」

「田町さん、面白いな、ほんまに惚れるで」

 真田が田町のグラスにビールを注ぐと、彼女はグラスを傾けて酌を受けながら「あかん」と答えた。

「関西弁でお断りかいな、こりゃ参ったな、あはは」

 真田が頭を掻きながらゲラゲラと笑う。

「ビール追加や、平平、青島を十本位持って来てくれ」

「あいよ、青島小瓶十箇! 拝託了!」

 ※青島小瓶十本! お願いします!

 真田が振り向いて平平に追加注文を出すと、彼女はまた立ち上がって奥の厨房に大きな声で注文を入れた。


 宴会が始まって十分程立つと、夕日屋の二階は仕事帰りのサラリーマンでいっぱいになった。あちらこちらの席からサラリーマンの笑い声が聞こえて、小娘達は注文の対応に忙しく走り回った。

「ところで、結城、仕事の方は順調か?」

「いえ、それが結構苦戦しているんですよ、真田さん」

「なんで苦戦しているんや?」

「輸出関係です」

「輸出関係か、そこは俺も苦労しているんや、サブストレートの製造装置やろ」

 ※サブストレートは半導体や電子部品のベースとなる基材の事。

「そうなんです。基材フィルムの製造装置を中国に輸出するのは大変ですよ」

「もしかして、基材フィルムを内製化するんですか?」

 神崎がビールのグラスをテーブルに置いて結城に話し掛ける。

「そう、内製化するんだ。基材フィルムは外部調達していたんだけど、加工歩留を上げる為に基材フィルムを内製化して一貫生産する計画なんだ。基材フィルムの出来栄えは有機ELパネルの品質に大きく影響するからね」

「基材フィルムの内製化って、高額な設備投資が必要なんでしょう?」

「ああ、高額な投資だね、二千億円位かな」

「えっ、二千億円? そりゃまた凄い投資金額ですね! 二千億円もあったら中小企業が何社も出来ますよ」

「神崎、うちの会社は中小企業だよ、それもベンチャーのね」

「えっ、そうでしたっけ?」

「そうだよ、OSLED社は創業五年の若い会社だからね」

「はぁ……」

 神崎が投資金額の大きさに感嘆して思わず溜息を漏らす。

(どうやって資金を調達したんだろう……)

 神崎は資金の調達先について疑問を抱いた。

「結城さん、大変失礼な質問ですが、OSLED社はそんなに巨額な投資資金を何処から融資して貰っているんですか?」

「CMD社さ」

 結城は振り向いてグラスのビールを飲みながら神崎に答えた。

「CMD社? なぜCMD社がOSLED社に融資をするんですか?」

 結城がグラスをテーブルに置いて「それは……」と言いかけた時、真田が二人の会話に割り込んだ。

「結城はCMD社の元社員や」

「それは初耳ですよ、真田さん」

「OSLED社の金澤社長と結城は、五年前にCMD社をスピンアウトして、OSLED社を設立したんや」

「えっ、OSLED社の社長もですか?」

「ああ、そうや」

「へぇー、そうなんですか」

「CMD社にはスピンアウトの推奨制度があってな、新規商品分野のマーケット開発を目指して起業したCMD社の元社員が何人もおるんや。ほんでな、CMD社はその会社を積極的にバックアップしているんや」

「自分の会社を飛び出した人に投資するなんて、CMD社の水野社長は随分と寛大ですね」

「そやな、水野社長は人を育てる事に熱心やけど、それだけやないで、起業した会社が新規商品分野のマーケット開発に成功した場合、CMD社の部品を優先的に購入する契約になっているんや、そやさかいCMD社も儲かるわけや、共存共栄と言うやっちゃな」

「そうか、社員が起業する事でCMD社も儲かるわけか、さすが水野社長ですね」

「OSLED社の有機ELパネルは将来性があるさかい、うちの社長も投資に力を入れとんね」

「なるほど、そう言う事だったのか」

 神崎は真田の言葉に納得してうなづいた。

「ねぇねぇ、お嬢、結城さんって、いい男よね」

「そうですね、田町先輩、神崎さんといい勝負ですよ」

「飲ましちゃおうか」

 田町が青島ビールの栓を抜いて、結城の前にビール瓶を差し出す。

「はい、結城さん、どうぞ」

「あ、どうも」

「グイっと行きましょうね、結城さん」

 結城がグラスを差し出すと、田町はちょっと色気を見せてビールを注いだ。

「あっ、結城さん」

「んっ、何だい? 神崎」

「田町の酌は気を付けて下さいよ、こいつ飲み助ですからね、同じペースで飲んだら潰れますよ」

「ははは、神崎、大丈夫だよ、俺も結構飲み助なんだ。それに、こんな美人の酌は断れないね」

「もう、結城さん! 惚れちゃうっす!」

(はぁ……また田町の病気が出たか……)

 田町が嬉しそうに手を叩いて喜ぶと、神崎と石川は顔を見合わせて溜息をついた。

「ところで、金澤社長と結城さんはCMD社で何の仕事をしていたんですか?」

 石川が結城に尋ねる。

「俺と金澤社長は有機ELパネルを利用した太陽電池を研究していたんだよ」

「えっ、表示パネルじゃないんですか? 有機ELパネルって、そんな使い方も出来るんですか?」

「そうだよ、有機ELパネルの応用範囲は無限大だからね」

「へぇー、そうなんだ」

「有機ELパネルは、結構昔から研究されていたんだけど、実用化するのが困難でなかなか商品化出来なかったんだ。でも時代が進歩してようやく商品化出来る様になったんだよ。二十一世紀が有機エレクトロニクスの時代になるのは確実だね」

「例えば、有機ELパネルは、どんな分野に応用出来るんですか?」

「表示パネル以外に、撮像パネルとか照明パネルにもなるし、さっき言った太陽電池やバッテリー、それに医療分野では電子網膜とかにも使用可能だね」

「うわっ、有機ELパネルって凄いんですね」

「有機ELパネルだけじゃなくって、フレキシブルエレクトロニクスの世界は革新的な進歩を遂げているんだよ」

 石川が結城の話に感嘆しながらビールをグイっと飲む。

「アニメの何とか機動隊みたいな世界も有りですかね?」

「もちろん、有りだよ」

「えっ?」

「それは、もう直ぐ実現すると思うよ」

「マジですか?」

「ああ、マジだね」

 結城は石川の問い掛けに答えると、彼の顔を見てニヤリと笑った。

「石川さん、いい物を見せてあげようか」

「えっ、何ですか?」

 結城がポケットから自分の名刺を取り出して石川に渡す。

「これ、結城さんの名刺じゃないですか」

「そうだな、たとえば……」

 石川が結城の名刺を眺めると、結城は石川の前に料理のメニューを広げて置いた。

「このメニューの上にその名刺を置いて、指で軽く押してくれるかい」

「こうですか?」

 石川がメニューの上に結城の名刺を置いて指で軽く押す。

「あっ!」

 みんなが一斉に驚いて声を上げる。

 メニューの上に置いた名刺が突然消えて、名刺の下に隠れていたエビフライの写真が見えたからだ。

「これは光学迷彩だ!」

「そうだよ、さすが神崎、よく分かったね」

 結城がエビフライの写真を指で押すと、名刺がまたメニューの上に現れた。

「これが二十一世紀の技術さ」

 結城は神崎の肩をポンと軽く叩いて微笑んだ。

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