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第十二章 夜の宴会

 ――夕日屋。

 店の中は結構な賑わいで、あちらこちらの席に日本人サラリーマンの姿が見える。

「あら、いらっしゃい、今日は大勢ね」

「ああ、ママさん、今日も綺麗やな」

 店の奥から女将が出て来て挨拶をすると、真田は女将におべんちゃらを言った。

「またまた、真田さん、お上手、いつも御贔屓にありがとう御座います」

 女将が小さく手を振って真田に頭を下げる。

「今日は何人ですか?」

「七人や、後で一人来るさかいな」

「はい、分かりました。どうぞ御二階へ」

 女将が店の小娘に指示を出すと、小娘はニコニコしながら真田の前を歩いて二階に上がった。そして、商業街の通りが見下ろせる奥の座敷にみんなを案内した。

 小娘が底上げされた座敷の敷居に腰を掛けて、注文伝票を左手に持ちながら真田の顔を覗き込む。

「真田、今日は何するか?」

「そやな、食べ飲み放題にしよか」

「おおきに!」

 小娘はちょっと悪戯な視線で真田の顔を見上げて、ボールペンで注文伝票をコンコンっと叩いた。

「平平、日本語が上手になったな」

 ※平平は小娘の名前。発音はピンピン。

「あたり前やん」

「あはは」

 真田が平平の顔を見てゲラゲラと笑う。

「食べ飲み放題のコースにするさかいな、みんな好きなもん頼んでや」

「真田さん、その娘の日本語は関西弁ですね」

「そうやろ、俺が初めてこの店に来た時、この娘は中国語しか話せへんかったんやけどな、一ヶ月で日本語を覚えよったわ」

「えっ、たった一ヶ月で日本語を覚えたんですか、それは凄いじゃないですか、しかも関西弁は日本人でも難しいのに」

「ここの小娘達は店が終わってから日本語の勉強を毎日しているんや、大したもんやで」

「へぇー、そうなんですか」

「みんな地方から出て来た娘ばっかりやし、生活が賭かっているさかい必死や、一元でも給料を上げようと思って頑張っとんね、彼女達は稼いだお金を全部親に仕送りするんや、偉いやろう。日本人も見習わなあかんで、ほんまに」

 石川が感心して平平の顔を眺めると、真田はメニューを見ながら石川に話し掛けた。

「飲物は取りあえずビールやな、銘柄はアサヒとサントリーと青島や、みんな何にする?」

「えっ、日本のビールがあるんですか?」

「日本ブランドではアサヒとサントリーがメジャーや」

 真田が神崎の質問に答えると、石川が神崎の横からメニューを指差した。

「神崎さん、日本のビールもいいですけど、青島の小瓶は凄く美味しいですよ」

 ※青島は中国のビールで発音はチンタオ。

「それじゃあ、青島の小瓶を注文しようか」

 神崎が振り向いて石川に答える。

「よっしゃ、ほな、青島の小瓶で行こか。あっ、そうや、お嬢はビールで大丈夫やったかな?」

 真田が顔を上げて相川の顔を見ると、彼女は真田にVサインを見せて「大丈夫」と答えた。

「何やそれ?」

「へへぇー、実は今日で二十歳になりました!」

「えっ、真理ちゃん、今日、誕生日だったの?」

「そうでーす。お酒も大丈夫ですからね」

 相川が神崎の顔を見て嬉しそうに微笑む。

「えっ、お嬢、お酒飲めるんだ」

「ええ、今日から田町先輩に付き合えますよ」

「なんだ、じゃあ飛行機でワインも飲めたじゃん!」

「飛行機は初めてだったし、乗り物酔いするかもしれないから、ちょっと黙っていたんです」

「お嬢、今晩から毎日修行よ、鍛えてあげるからね!」

「はい、田町先輩、頑張ります!」

 相川が両脇を閉めて拳を高く突き上げる。

「おいおい、真理ちゃん、田町の修行は酒の行だから程々にしておかないとダメだよ」

「大丈夫です。私、頑張りますから!」

(本当に大丈夫かな……)

 神崎が心配して相川の肩を叩くと、彼女は気合を入れてもう一度拳を高く突き上げた。

「平平、取りあえず、青島の小瓶七本と枝豆七個持って来てくれるか」

「あいよ、青島小瓶七本! 枝豆七個! 喜んで!」

 平平は注文伝票にチェックを入れると、立ち上がって奥の厨房に大きな声で注文を入れた。

「青島小瓶七箇! 毛豆七箇! 拝託了!」

 ※青島小瓶七本! 枝豆七個! お願いします!

「喜んで!」

 廊下の奥で別の小娘が平平に右手を上げて厨房に注文を入れる。

「真田、次、何するか」

 平平は座敷の敷居にまた腰を掛けて真田の背中にもたれると、ボールペンで注文伝票をコンコンっと叩いて彼の顔をまた覗き込んだ。

「ちょっと待ってくれ、今、決めるさかいな」

 真田が平平に微笑んでメニューを開く。

「真田さん、この娘は仕草が面白くて可愛いですね」

「そうやろ、この店の小娘達はみんな人懐っこいねん」

 平平が真田の背中にもたれながら石川の方に顔を向ける。

「あなた、名前何て言う?」

「俺、俺は石川さ」

「石川、あなた毎日この店来なさい。美味しいぞ」

「あはは、分かった、分かった、毎日来るよ、平平ちゃん」

「よろしい」

 平平の話し方が面白いので、石川は腹を抱えてゲラゲラと笑った。

 真田がメニューを見ながら適当に料理を選んで次々と注文を出す。

 しばらくすると、先に注文したビールと枝豆がテーブルに並べられた。

「あれっ? ビール七本ですよ、真田さん」

「ああ、もう一人来るんや」

「誰ですか?」

 神崎が真田に尋ねると、彼の背後から声が聞こえた。

「真田さん、遅くなりました」

「ああ、結城、ご苦労さんやな」

「あれっ、結城さんじゃないですか」

「神崎、お疲れ様だね。みなさん、ようこそ中国へ」

 結城はみんなに挨拶をしてから真田の隣席に座った。

「よし、全員揃ったさかい宴会を始めよか。みんなビールの栓を抜いてや」

 真田が最初にビールの栓を抜くと、みんなもビールの栓を抜いてグラスにビールを注ぎ始めた。

「それじゃあ、諸君の来中と、お嬢の成人を祝って乾杯や! 乾杯!」

 真田の乾杯の合図で夜の宴会が始まった。

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