第十一章 夕日屋
――商業街。
道路の両脇に日本語の看板を掲げた飲食店やスナックが立ち並び、綺羅びやかなネオンが色鮮やかに点滅して夜の繁華街を照らしている。街の通りは仕事帰りの日本人サラリーマンや中国人の若者達で賑わっている。
車は夜の商業街をゆっくりと徐行して走った。
「ねぇねぇ、お嬢、ここ日本みたいね?」
「そうですよね、田町先輩」
「ほら、北海道ラーメンなんて書いてあるわよ」
「わぁ、本当だわ」
田町と相川が車の窓から見える建物を指差して物珍しげに商業街を眺める。
「請停車」
※停車して下さい。
劉はみんなを車から降ろすと、車のドアを閉めて運転手に礼を言った。
「謝謝你」
※ありがとう(あなた)。
「不客気」
※どう致しまして。
運転手がサイドウインカーを点滅させながら車を発進させる。
「さあ、行こか」
真田がみんなに声を掛けて商業街の通りを歩き始めると、みんなは彼の後に続いた。
「あっ、ここ、《按摩》って書いてあるな」
「ええ、その店はマッサージ屋ですよ」
石川と深淵が《按摩》と書かれた看板の前で立ち止まる。
「俺、肩凝りなんだよ、値段は幾らかな」
「一時間五十元です」
「石川君、五十元って日本円で幾らなの?」
「そうですね、今日の為替レートが一万円で七百六十六元だったから、日本円に換算すると六百五十円ってところかな……」
「それは安い!」
「ええ、確かに安いですね」
「よし、決めた、俺は毎日ここでマッサージする」
「ははは、俺も同伴しますよ、深淵さん」
深淵がマッサージ屋の前で両手の親指を立てると、石川は腕を組んで笑った。
「田町先輩、ほら、DVD売ってますよ」
「あっ、本当、お嬢、ビデオショップ見たいね」
「この店は人が多いですね。ほらほら、あれなんか日本語ですよ」
「そうね、日本アニメのポスターとか貼ってあるわね」
相川が店の中に貼ってある日本アニメのポスターを指差すと、田町は店の奥を覗き込んだ。
「日本のアニメとか韓国のTVドラマなんかは中国でも人気があるんですよ」
石川が二人の後ろから声を掛ける。
「日本のアニメはグローバルっすよね。石川ちゃん、このDVD安いの?」
「安いですよ、DVD一枚で十元~二十元位かな、ドラマのセット売りで百五十元位じゃないですかね」
「えっ、十元?」
「日本円で百五十円位ですよ」
「それって、安過ぎない?」
「ほとんど海賊版ですからね」
「海賊版?」
「違法コピーですよ。そのDVDを日本に持って帰ったら、空港で没収されて逮捕されますから気を付けて下さいね」
「はっ、没収? 逮捕?」
「中国はコピー天国ですから法律で禁止したって誰も守りませんよ」
「へぇー、そっすか、恐るべし中国っすね。と言う事で、お嬢、後で買いに来ましょうか」
田町が振り向いて相川に声を掛ける。
「ちょっと、田町さん、俺の話、聞いて無いでしょう」
「まあ、いいじゃん、ここは中国ですからね、石川ちゃん」
石川が田町の顔を覗き込むと、彼女は首を傾げてニコッと笑った。
「ああ、ダメだこりゃ、田町由香里も恐るべし」
石川が大げさに顔をしかめて両手を上げる。
商業街の通りをしばらく歩くと、《日本料理夕日屋》と書かれた赤い大きな看板が見えた。
「歓迎光臨」
※いらっしゃいませ。
真田が夕日屋の暖簾をくぐって店の中に入ると、店の小娘達が威勢よく挨拶をして彼を出迎えた。