誕生
——とある妊婦とその夫の会話
「やっぱり俺は男の子だと思うんだよなあ、そんな予感がするんだ」
「だったら、お医者さんに確認すればいいのに、写真でわかるっておっしゃってたじゃない」
「いや、それはやっぱり当日の楽しみにしよう。その方が感動するだろう? 生まれて性別がわかったらその日のうちにベビー服を買いそろえるから」
「あらあら、のんびりしてるんだか、せっかちなんだかわからないわね」
お父さんとお母さんの声がお腹の外から聞こえる。お父さん残念ながら外れだよ。
私は女の子。ちゃんとかわいくて流行りの服を買ってよね。よそ行き用にはブランド服も必要よ。赤ん坊とはいえ、よそのママにマウントとられたらお母さんがかわいそうだからね。
「でも私はやっぱり女の子だと思うわ。かわいい服を沢山手作りしてあげたいの」
お母さんが言う。
いやいやお母さん、高校の時手芸部の部長だったか何だか知らないけど、今は食品会社のマーケティング部所属でしょう? 本当に才能があったらせめてアパレル関係に就職しているはずなんだから、素人の手作りとか勘弁してほしい。
だって、変なアップリケとか付けられたら最悪! ちゃんとしたプロがデザインして作った服が着たいわ。
でも、お父さんはお母さんの意見に納得がいっていないようだ。
「そうかなあ、お義父さんもきっと男の子だろうって言ってたよ」
「それは、お父さんの子供が私も含め三人とも女だったからよ。家の中が女社会で肩身の狭い思いをしたから、味方を増やしたいんだわ」
お母さんが笑いながら言う。
「それに、結局去年三女の和美がお嫁に行ったことで、娘は全員家を出ていってしまったしね、もしかしたら寂しさもあるのかもね」
今度は少ししんみりした声でお母さんが言った。
お母さんのお父さん、つまりおじいちゃんはよく、お母さんのお腹の上から私の事を撫でて、「じいじだよ~早くでて来いよ~」とよく言っていた。
早くお腹から出てくるとか私の一存ではできないし、言葉も正しく使って欲しいなあ。「じいじ」とか「ばあば」ってどうせ三歳くらいまでしか使わない言葉を教えられても困るのよね。どうせ学校に行く頃には正しい名詞を覚えないといけないのだから、ちゃんと「おじいちゃん」あるいは「母方の祖父」と名乗ってほしい。
……いやさすがに「母方の祖父」は硬すぎるかしら。
でも、こんなにお腹の外の声が聞こえるとは思わなかったわ。
最初の頃は神様の声も聞こえていた気がするけど、忘れちゃった。
私が今こうして思っていることも生まれたらすぐに忘れてしまうのかもしれないわね。
それにしても、お腹の中ってコミュニケ—ションが一方通行なのが難点よね。いろんな人がいろんなことを言ってくるけどみんな適当だし。
「顔は母親に似るといいね」とか
「父親はスタイルがいいからそこだけ父親に似るといいね」とか
そんな都合の良い遺伝子のカストマイズが出来ていれば、今の世の中は美男と美女しかいなくなってると思うわ。優性遺伝の法則なんて怪しい物よね。
でも私は女の子だから、お母さんの大きくてぱっちりした瞳は似て欲しいな。
お母さんが鏡を見ているとき、へその緒を伝って私にも映像が見えるの。
娘は父親に似るなんて言ってる人がいたけど、そこだけはお母さん似になりそうな予感がするの。
もちろん、今自分の顔はわからないし、見えたとしてもきっと小さなお猿さんみたいな顔だろうから、見るだけ無駄だけどね。
あと不便なのは、かゆいところを掻けないところ。
ずっと脚閉じてるからか、ちょっとお股の所がかゆいのよね。あら失礼、私ったらはしたないことを。
――数か月後とある病院の産婦人科にて
「いよいよだなあ、緊張するなあ」
「あなたが緊張してどうするのよ……いたた、ちょっと笑わせないで」
お母さんの陣痛が強くなり、今日の朝入院した。
お母さんは痛みに耐えて私を産んでくれようとしている。
お父さんはお母さんの手を握ったまま一緒に分娩室に入って行った。
私はなるべく痛みを与えないように、動かないが、徐々に出口の方に吸い寄せられる感覚がある。
そしてどれくらい時間がたったのか——長かったような短かったような。
「おぎゃー」
私はついに娑婆に誕生した。
お父さんは性別も確認せず小躍りして喜んでいる。いざ生まれたら男の子でも女の子でも平等にうれしいようだ。
精根尽き果てたお母さんも優しい目で看護師さんに抱き上げられた私を見ている。
看護婦がお父さんとお母さんに向かって嬉しそうに言う。
「元気な男の子ですよ! お母さんそっくりの大きなおめめがかわいくて女の子みたい」
あら、いけない。てっきり自分は女の子だと思っていたのに、男の子なのね。
お股も見たけど、おち○ち○が小さすぎて見えなかったわ。神様ってそそっかしいわね、心と体を入れ間違えるなんて。
まあしかたない、お金をいっぱい貯めて将来女の子になるしかないわね。
わたしの人生に幸あれ!
完




