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第7話

 ディライトが引き金を引いた直後、怪物――ウサナの成れ果ての頭部が、身体から転げ落ちた。

 いくら化物になったとはいえ、生命構造は人間と同じだ。

 頭を失った肉体は、途端に支えを失い、鈍い音を立てて地面へと倒れ伏した。

 状況を見守っていたケインが、ディライトへと近付く。


「ディライト君、先程口にしていましたがまさか……」

「ウサナだよ、化物(コイツ)は」

「なんですって!?」


 ディライトの言葉に促されるまま、ケインは頭部のなくなった化物へと視線を向ける。

 剥き出しとなった肉身から生えた刃物の数々――そんな異形とは、手配書に記されたウサナはにてもにつかない。

 その変異ぶりに、ケインは目を剥く。


「一体何が起こったというんですか……」

「魔匠が作った魔道具に反動(リバウンド)があるなんて――そんな欠陥聞いたことない。てことは――」


 動くかどうかを確かめるため、死体をゲシゲシと足蹴にしていたディライトの続く言葉を、ケインが拾った。


「――第三者、ですか」

「多分ね。それにケインだって、()()()()状況は、現役の頃に何度か見覚えあるんじゃないの」


 ディライトの抽象的な問いかけに、ケインは重く頷いた。

 こういう、とは、人間が悪意に揉まれて、何かしらの異形に変じてしまったことを指している。

 迷宮(ダンジョン)に潜む罠を踏み、呪いの類と化した魔道具を身に着けてしまい――手段はどうであれ、志半ばで人としての形を失った者たち。

 冒険者として、駆けずり回っていた時代に、そういった悲惨な光景をケインは幾度も目にしている。


「魔法師ギルドが、確か”魔法生物”と定義付けてましたね」

「魔法生物だか何だか知らんけど、アホ共はすぐに区別をつけたがる――」


 魔法により何らかの影響で、意思疎通を図れなくなった存在を人間ではないと、このエピック()では定義付けられている。つまるところ、それは該当する存在を排除したとしても、罪には問わないという区別でもあった。


「――こいつらだって、元は人間なんだ。殺すしかないとはいえ、しかるべき対応は、やらなきゃならない」


 魔法生物に変じた者が、再び人間に戻ることができたという症例は、ディライトの知る限り一度もない。

 基本的に知能や意思疎通能力を剥奪された魔法生物は、人へと襲い掛かる危険性がある以上、行き着く先は死だけだ。

 それでも、人間という尊厳の名の下に、遺体を蔑ろにしてはならないのだ。


「分かっています。丁重に埋葬はしましょう」

『おィおィおォィ。これで事件は解決したんだろーがァ。二人して辛気臭い顔してんじゃねーよォ。オレサマにまで伝染るってんだ』


 漆黒の銃器、グレッグ(【黒喰ノ銃】)と呼ばれる魔道具が、声をあげた。

 銃身には口と眼が浮かび上がり、呆れたような表情を形作っている。

 常人なら理解を拒むほど不気味な光景。だが、ディライトの近しい者にとっては、すでに見慣れたものでもある。

 

「グレッグさん。そう簡単に「はい終了」とはいきませんよ。死体の解剖、調査。それに第三者の存在だって――」

『ア゛――知らねェ知らねェ。オレサマには、帰って銃油(ガン・オイル)を塗ってもらうっていう仕事があんだよォ』


 ゆえにケインは、銃が軽快に紡ぐ傍若無人な言葉を耳にして――「なるほど、似ているな」と思った。

 休暇中の身であるディライトに、ウサナの身柄を拘束する依頼出したときも、最初は素気なく断られた。高額な達成報酬を交換に、何とか依頼を受理してもらったのだ。

 淡い光に包まれながら、銃砲から銃器型のネックレスへと変形したグレッグと、それを首元に収めたディライトをケインは見比べた。

 

「そっくりですね、仕事をスムーズに引き受けてくれないところが特に」

『「あ゛?」』


 一人と一丁の怒声が重なるが、まさにそれこそがケインの言葉を証明していた。

 そんな事実に気付かないグレッグは、銃器型のペンダントトップに眼と口を浮かべ、苛ついた表情を形作りながら、ケインの言葉に反論する。


『オレサマとディのどこが似てるってんだよォ……ったく、地面に倒れてるアノしみったれた奴、同胞の臭いがすんぜェ』

「へぇ……」

「っ! 魔匠連番を彼らが?」


 不意に投下された情報に、ディライトは不機嫌さに細めていた目を開き、ケインは驚きを隠せなかった。

 ウサナたちが魔法生物へと変異した原因は、【変幻自在の雫カメレオン・ポーション】ではない。

 ということは、別の魔匠連番が関わっているということになる。

 まさか、魔法生物たちが所有しているとでもいうのか――その可能性は、グレッグによって否定される。

 

『いんや違うなァ。オレサマ達と決して同じじゃないんだが、なんつーか……子供って感じだなァ』

「子供? 成長すんの?」

『あー、子供ってよりは分身って言った方が分かりやすいかもなァ。随分と力は劣ってるが……なんにせよ、オレサマと同じ存在から生まれ落ちたのは間違いねェな』


 既に事切れたウサナを見下ろしながら、グレッグはそれを「同胞に近しい存在」だと告げた。

 魔匠連番49点が国中へと散逸するその前から、ディライトの手中にグレッグは在ったが、グレッグ自身もまた、“魔匠”の手によって創られた魔道具であるということだ。

 そんな経緯があるグレッグが確信を持って発言したのだ、別の魔匠連番によって彼らが姿形を歪められたのは間違いないだろう。

 そして、〈冒極〉支部長であるケインを襲撃したということは、敵の狙いは1つしかありえない。


「【変幻自在の雫】を狙っていることは明白ですね。一体どこで漏れたのやら」

『分かんねぇぜェ。ケインさんよォ、日頃から恨みとか買ってんじゃねぇのォ? 例えば、部下とか』

「なっ……私は部下に嫌われてなどいませんよ!」

『そこまで言ってねェよ』

 

 ケインとグレッグのやりとりを聞きながら、別の魔法生物の生死を確認していたディライトが、もはや布切れと化した外套に紙片が挟まっていることに気付く。

 手紙のように――文章が記されている。


「どうやら、標的は変わったようだよ」


 読み上げたディライトの表情には、挑戦的な笑みが浮かんでいた。

 ひらひらと振っていたディライトから紙を受け取ったケインが、その内容に目を通す。

 ――背景、〈巨人殺し〉殿。今は寂れし教会にて待つ。逃げてもいいぞ。

 早それは、果たし状の体をなしていた。ディライトの異名をあげ、露骨に挑発的な文章を綴っている。

 その効果は十分あったようで、指名された当人はやる気に満ちており、掛けている薄暗い黒眼鏡(サングラス)に、ケイン自身の姿はもう映っていない。

 レンズに映り込んでいたのは――町並みの切れ間から覗く、町外れの丘。

 正確には、その頂に建ち、遠目にも異彩を放つ建造物だった。


「あれ廃教会?」

「指定のあった場所ですね……まさか、お一人で向かうつもりですか?」

「いやいや――」


 ケインの心配を他所に、ディライトは身につけたネックレスへと指をさす。

 

『一丁と一人だろうがァ』

「そゆこと。心配ないって」


 先読みしたグレッグが、ディライトの意図を代弁した。

 いかに魔道具が強力とはいえ、それを行使するのは一人の人間だ。待ち伏せされている以上、その人数は圧倒的に不利だ。

 加勢したい気持ちがケインにはあったが、分別はついている。現役をしばらく離れた今、無理に同行すれば、かえってディライトの足を引っ張るだろう。

 ランク3と4の間に横たわる絶対的な“差”を知る者として、ここは託すことが正解だ。

 それでも、納得のいかない思いはある。だからこそケインは、せめてもの行いとして――警戒を促す言葉だけを残すしかなかった。

 

「魔法主体の攻撃だ。君の魔術は対策されているでしょう。廃教会にいるというなら、誘い待ちの線も高い。だから――」

「ケイン」


 ケインが敵の狡猾さを、待ち伏せされている危険性を伝えようとして、ディライトはそれを止めた。

 呼ばれたケインが改めてディライトの顔を見ると、そこには若人と思わせる雰囲気はなく、ランク4として絶対的な自信を抱いた不敵な笑みが浮かんでいた。


「全部、跳ね返してやるよ」

『そゆことだァ、問題なしだぜェ!』


 傲慢とは違う、矜持とも言える精神(スピリット)を、ディライトは心に宿している。

 そんなディライトに追従したグレッグまで、こうまで堂々とした態度を見てしまうと、心配しているこちらが馬鹿らしくなる。ケインはフッと笑うと、遠ざかるディライトの背に向かって声を張り上げた。


「やっぱり似てますよ、二人とも!」


 中指を立てた返答が、それぞれ返ってきたことに、ケインは肩を竦めた。

 問題ない。きっとディライトならば、問題ないだろう。

 敵の不透明さに怯えていたのは自分だけだったようで、現役を退いたとはいえ、冒険者にあるまじき姿には、恥さえ覚えてきた。

 冒険者の枠組みにおいて、国内に五人とはいないランク4の身を、それも実力が劣る下の者が案じるなど烏滸がましいものだ。


「焼きが回りましたかね……さて」


 去りゆくディライトの姿を見送ったケインは、惨状と化した辺りを見渡した。

 異形の骸が、それぞれ地に伏している。

 先の戦闘で轟音が鳴り響いたせいか、周囲の住居人の姿もちらほらと見えだした。

 ケインはこの場から離れるよう住民らへと声掛けを行いながら、腕時計を見て溜息を吐く。


「これは応援が必要そうだ。勤務時間の延長、残業確定……ハァ。また部下たちに嫌われるな」


 日中勤務者の、ギルドが規定した退勤時間は過ぎているが、それでも何人かはまだ残っているはずだ。

 上司が招集すれば部下は従わざるをえない。残業代が発生し月の給与は上がるが、目では見えない好感度というものが下がるだろう。

 机上で書類とにらめっこする上司よりも、肉体労働に勤しんでいる方が好かれるのだろうか、とケインは真剣に悩み始めるのであった。

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