第8話 キツネの計算
船が進まなくなってから、
村では少しずつ考えることが増えた。
声に出して話す者もいれば、
黙って数える者もいた。
キツネは後者だった。
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キツネは、船を見ていた。
「今日は、向こう岸へ行く予定はない」
それは事実だった。
誰も否定しなかった。
「二匹で漕いでも、進む距離は短い」
それも、間違いではなかった。
以前より、船を使う用事は減っていた。
「今は、見合わない」
キツネは、そう結論づけた。
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その言葉は、
冷たくも、強くもなかった。
計算の結果を、
そのまま口にしただけだった。
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ウマはオールのそばに立っていた。
「進めば、後が楽だ」
キツネは、
少しだけ考えてから答えた。
「今、進まなくても困っていない」
それも、事実だった。
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キツネは、
これまでを思い返した。
船が止まっていて、
問題が起きたことはない。
遠回りをすれば、
足でも行ける。
船がなくても、
今日が終わらないわけではない。
すべて、
計算に入っていた。
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船の中では、
カワウソが気持ちよさそうにしていた。
揺れは小さく、
風も穏やかだった。
不便は、
まだ見えていなかった。
それも、
キツネの計算の中にあった。
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小さな鳥が、
キツネの近くに降りてきた。
「もし、ずっと進まなかったら、どうなるの?」
キツネは、
すぐに答えた。
「その時に、また計算する」
迷いはなかった。
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キツネの計算は、
間違っていなかった。
今を測るには、
十分だった。
ただ、
起きていないことは、
数字にならなかった。
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船は、
その日も川に浮かんでいた。
進んではいない。
困ってもいない。
キツネは、
それを見ていた。
計算は、
まだ、
合っていた。




