第7話 遅いカメ
船が動いていた頃、
目立つ存在はいなかった。
誰かが急ぐこともなく、
誰かが称えられることもなかった。
ただ、
船は使われ、
また戻ってきた。
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カメは、
毎日、川辺に来ていた。
早く来ることも、
遅れることもなかった。
特別な用事があるわけではない。
声をかける者もいなかった。
それでも、
カメはそこにいた。
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「今日も同じだな」
通りがかったサルが言った。
カメは顔を上げ、
短く答えた。
「今日も来た」
それ以上は言わなかった。
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カメは、
船を動かしていたわけではない。
オールを持つこともなければ、
指示を出すこともなかった。
ただ、
来て、
見て、
また帰った。
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それでも、
船が使われなくなることはなかった。
いつ行っても、
船はそこにあり、
壊れてはいなかった。
誰も、
それをカメのおかげだとは
言わなかった。
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小さな鳥が、
カメの近くに降りてきた。
「どうして、毎日来るの?」
カメは、
しばらく川を見てから答えた。
「やめる理由が、ない」
それは、
誓いでも、
覚悟でもなかった。
ただの事実だった。
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変わらないことは、
気づかれにくい。
続いているものは、
説明されない。
誰もが、
あるのが当然だと思ってしまう。
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船は、
その日も川に浮かんでいた。
カメは、
いつもの場所にいて、
いつものように、
それを見ていた。
速くもなく、
遅くもなく。
ただ、
続いていた。




