第5話 何も言わないヒツジ
船が進まない日が続いていた。
壊れてはいない。
決まりも残っている。
オールも、そこにある。
それでも、
船は動かなかった。
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ヒツジは、
その様子を少し離れたところから見ていた。
前に出ることはない。
後ろに下がることもない。
ただ、
そこにいた。
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サルが言った。
「何か言えばいいのに」
キツネも続けた。
「意見がないのか?」
ヒツジは、
すぐには答えなかった。
考えていなかったわけではない。
言葉を探していたわけでもない。
ただ、
話す必要を感じていなかった。
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しばらくして、
ヒツジは静かに言った。
「決まったなら、従う」
それだけだった。
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ヒツジは、
船が進まない理由を知らなかった。
同時に、
知らないままでいることを
恐れてもいなかった。
自分が話したところで、
何かが変わるとは思っていなかった。
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ウマはオールのそばに立ち、
イヌは決まりを確認し、
サルは言葉を探し、
キツネは計算を続けていた。
ヒツジは、
それらを見ていた。
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小さな鳥が、
ヒツジの近くに降りてきた。
「何も言わないって、何もしてないの?」
ヒツジは、
少しだけ首を傾けた。
「ここに、いる」
それが答えだった。
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ヒツジは、
船に乗ることも、
降りることもなかった。
進むとも言わず、
止まるとも言わなかった。
ただ、
その場に居続けた。
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声にしない判断が、
そこにあった。
誰にも聞こえず、
誰にも評価されず、
それでも、
消えてはいなかった。
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船は、
その日も川に浮かんでいた。
ヒツジは、
何も言わずに、
その船を見ていた。




