第3話 声の大きいサル
村には、よく話すサルがいた。
声が大きく、
遠くまで届いた。
川の流れの音に混じっても、
船のきしむ音に重なっても、
サルの言葉ははっきり聞こえた。
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船の前で、
サルは言った。
「今、決まっていない」
それは、
誰も否定できない事実だった。
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「誰が漕ぐのかも、
何頭で漕ぐのかも、
まだ決まっていない」
サルは、
状況をそのまま
言葉にした。
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「船は、みんなのものだ」
それも、
この村で
長く使われてきた言葉だった。
正しいかどうかを
確かめる必要はなかった。
そう扱われてきたからだ。
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オールのそばにいたウマは、
黙って聞いていた。
しばらくして、
短く言った。
「オールは、そこにある」
それ以上は言わなかった。
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サルは、
その言葉を否定しなかった。
「あるな」
ただ、
そう答えた。
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サルは、
進めとも言わなかった。
止まれとも言わなかった。
ただ、
今がどういう状態かを
言葉にした。
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「話してみれば、
分かることもある」
それは、
期待ではなかった。
提案でもなかった。
言葉にできることと、
できないことの
境目を示しただけだった。
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それでも、
船は進まなかった。
サルの声が、
船を止めたわけではない。
声は、
漕ぐ力では
なかった。
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小さな鳥が、
サルのそばに降りてきた。
「たくさん話すと、
船は進むの?」
サルは、
少し考えてから答えた。
「進んでない、
ってことは
分かる」
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それで、
十分だった。
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サルの役割は、
決めることではなかった。
漕ぐことでも、
数をそろえることでも
なかった。
ただ、
漕ぎ手が
そろっていない
という状態を、
言葉にすることだった。
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船は、
その日も
川に浮かんでいた。
誰かの声に
引っ張られることもなく、
誰かの行動に
動かされることもなく。
ただ、
そこにあった。




