第2話 オールを持つウマ
船のそばには、
よくオールを手にするウマがいた。
毎日ではない。
呼ばれたわけでもない。
ただ、必要そうなときに、
そこにいた。
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ウマは、
水の抵抗を知っていた。
どのくらい力を入れれば
船が反応するか。
どのくらいの間隔で
オールを動かせば
流れに逆らえるか。
それは、
考えて覚えたことではなく、
身体に残った感覚だった。
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けれど、
ウマがひとりで
オールを動かしても、
船はほとんど進まなかった。
船には、
漕ぎ手が足りなかった。
一本のオールでは、
進む力が
そろわなかった。
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ウマは、
それを知っていた。
力の問題ではなかった。
技量の問題でもなかった。
数が、
足りていなかった。
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だから、
ウマは声をかけた。
「一緒に、漕ぐ?」
それは命令ではなかった。
誘いでもなかった。
ただ、
必要な数が
そろっているかを
確かめるための
確認だった。
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もう一頭が
オールを持つと、
船は、
目に見えて
動いた。
完璧ではないが、
進む条件は
そろった。
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ウマは、
自分が
船を動かしたとは
思っていなかった。
漕いでいるのは、
自分だけでは
なかったからだ。
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ある日、
船のそばに来たのは
ウマだけだった。
オールはあった。
船もあった。
けれど、
もう一頭は
来なかった。
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ウマは、
少しだけ
オールを動かした。
水は揺れたが、
船は
ほとんど動かなかった。
それ以上、
力を入れることは
しなかった。
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小さな鳥が、
川辺で
それを見ていた。
「どうして、
漕がないの?」
ウマは、
少し考えてから
答えた。
「足りない」
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それは、
不満ではなかった。
諦めでもなかった。
状況の
確認だった。
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ウマは、
オールを
水から上げ、
船のそばに
立った。
進めないから
離れたのではない。
そろうまで、
待つことを
選んだだけだった。
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船は、
その日も
川に浮かんでいた。
オールは、
そこにあった。
漕ぎ手が
そろうのを、
静かに
待つように。




