第1話 船は、誰のものだったか
川のそばに、
動物たちが暮らす小さな村があった。
村と外の世界を日常的につないでいるのは、
一艘の船だけだった。
船は立派なものではなかった。
速くもなく、大きくもない。
ただ、使える船だった。
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船は、
誰かひとりが使うためのものではなかった。
誰かが漕ぎ、
誰かが乗り、
誰かが待ち、
誰かが使う。
それらがそろったときにだけ、
船は少しずつ進んだ。
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ウマは、
よくオールを持っていた。
水の重さも、
進む感覚も、
身体で知っていた。
けれど、
ウマがひとりで漕いでも、
船はほとんど動かなかった。
乗る者がいなければ、
進む理由がなかった。
支える者がいなければ、
力は伝わらなかった。
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それでも、
船は使われていた。
いつも同じ形ではないが、
誰かが漕ぎ、
誰かが乗り、
誰かが降りる。
完全ではないが、
かろうじて成り立っていた。
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それが長く続いたため、
船が動いている理由は
話されなくなった。
動いていることが、
当たり前になった。
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「船は、みんなのものだ」
そう言う者がいた。
「使えるなら、使えばいい」
そう答える者もいた。
どちらも、
間違っているようには聞こえなかった。
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少しずつ、
船に乗る者は増えた。
一方で、
漕ぐ者は増えなかった。
それでも、
すぐに困ることはなかった。
船は、
まだ動いていたからだ。
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ある朝、
ウマはオールを持った。
けれど、
船には誰も乗っていなかった。
少し漕いでみたが、
船はほとんど進まなかった。
ウマは、
それ以上、力を入れなかった。
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小さな鳥が、
川辺でそれを見ていた。
「どうして、進まないの?」
誰も、
すぐには答えなかった。
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船は、
壊れてはいなかった。
ただ、
揃わなくなっていただけだった。
誰のせいでもなく、
何かが欠けただけだった。
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船は、
その日も
川に浮かんでいた。
進んでいないが、
使えなくなったわけでもない。
ただ、
そこにあった。




