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吉祥寺  作者: 坂本梧朗


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6/6

その6

 桂子は私の勤めているレストランにも姿を見せた。夏だった。彼女はつばの広い白い帽子を被って、周囲を見回すようにして入ってきた。思いがけず、この店に迷い込んでしまったという風に。

 久しぶりに見る桂子だった。しかし相変らずの桂子だった。痩せており、前屈みで、生気に乏しかった。近くに親戚の家があり、法事で来たということだった。私達は立話をした。近況を述べ合ったが、話は途切れがちだった。二人の間には一年近い全くのブランクがあった。習字の塾を近くの団地の集会所を借りてするようになったということの他は、桂子の境遇に変化はなかった。私もそうだった。恋人との関係が暗礁に乗り上げつつあったことを除けば。

 そして一昨年の初秋、桂子は再びレストランに姿を現わした。 ほぼ二年ぶりの対面だっ た。近くの料亭で書道の練成会が開かれているらしかった。私達は久しぶりにテープルに向き合って座った。私は快活に振る舞おうとしていた。従業員の 目があった。桂子としんみり話しこむわけにはいかなかっ た 。私は結婚していた。恋人と別れた後、見合いをしたのだ。私は 桂子をからかうよう な調子で話した。そ して笑い声を立てた。桂子はまだ独身で、相変らず未成熟な子供っぽさを残していた。                                       

 何の話からだったか、桂子は私をハンサムだと言った。私は照れた。 困りもした。 否定すると、桂子は私を見つめて、「だってあなたはすてきよ」ときっばりと言った。桂子のそんな気持を私は知っ ているつもりだった。 しかしその時初めて本当にわかったような気がした。私が桂子との交際に積極的でなくなってから四年ほどが過ぎていた。 にもかかわらず、桂子が私に対する気持を変えてなかったことが意外であり、新鮮な驚きだった。私は桂子を見つめ直した。                                                            

 私の青春の残光を見るような気がした。


 石段を下り終え、私は片側にテント屋根の夜店が並ぶ参道を、車に向って歩いていた。確かに吉祥寺に来て、藤の花を見上げ、匂いを嗅いだのだが、今はもうそれが非現実のように思えた。掌のうちにあ る はずのものが、いくら()()()を握りしめて も感触できない ようなもどかしさだった。内面で継続し て い る思いだけ が現実的だった。

 桂子は私に書道会内部の男女関係について話したこと がある。 会の中で地位を上げていくためには会長や役員の気に人られなければならない。そのために女性会員の中には会長や役員と特別な関係を結ぼうとする者がいる、という話だった。桂子は不満そうな顔で話したのだが、私は性的関心の強い彼女なら、すぐそのような関係に入ってしまうのではないかと思って聞いていた。桂子が初老の紳士と一緒だったの を見て、私が思い浮かべたのはそのことだった。

 車に乗りこむために後ろをふり返ると、桂子達が門を出て、石段を降り始めるところだった。桂子が紳士より先に石段を降り始めた。彼女は下を向き、その頭が段を降りる度にがくがくと揺れた。

 私は車を発進させた。




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