その3
私が桂子に初めて会ったのは七年前だった。 京都の友人の結婚式に出席して帰りの新幹線の中だった。私は手塚治虫のコミックを読んでいた。 前日、友人の下宿に泊ったとき、見つけたのだ。面白かったので、その続きを駅の書店で買って、新幹線に乗った。四冊ほどをまとめて買った。私の前には女子学生という感じの若い女が座っていた。その女は私の隣に座っているこれも学生風の男とべちゃくちゃとよく話した。話しぶりから彼等がこの席で知り合った仲だということがわかった。もの怖じしない女だな、と私は思った。それだけではなかった。話をしながら女は視線をちらちらと私に注ぐのだ。隣の男に話しかける前に私の顏を見る。話しながら私の顔を見る。話し終えて笑いながら私の顔を見るという具合だ。桂子は初めから変った女として私に印象づけられた。その変っているという中味は、頭が少し弱いとか男が好きとか、多少とも彼女を侮ったものだったが。
私は彼女が話しかけてくるのを予期していた。目が合っ た時、私も笑顔を返 したからだ。果たして彼女は話しかけてきた。
「それは何ですか」
言葉は違っていたかも知れない。とにかく彼女は私が読んでいたコミックについて尋ねてきた。私が書名と作者の名を告げると、それは面自いかと続いて聞いてきたように思う。私も嫌な気持ちはしなかった。どうせ退屈な列車の中だ。向い合せに座った女と話をするのも面白いと思った。私は手塚治虫が描くマンガについてぺらぺらとしゃべった。日頃大して興味も持ってないのに舌はよく回った。桂子は感心したように領いて聞いていたが、それは話の中味のためというより、私との間に親密な雰囲気をつくろうとする仕種のようだった。とにかく二人は意気投合した。旅のもたらす感傷がその演出をした。
私達は降りる駅が同じだった。私は駅でそのまま女と別れてしまうのを物足りなく感じた。桂子もそうだった。ただ私の場合は純然たる遊び心だったが桂子は違っていたのかも知れない。なぜなら列車を降りると彼女は私を自分の家に誘ったからだ。
桂子の家へ向う車の中で私は自分自身に問いかけては苦笑していた。列車の中で偶然知り合った人の家へ駅からそのまま向っているのだ。しかもその家で私は夕食を食べることになっていた。
桂子の家は通りに面して建っていた。古い造りの平家だった。玄関に出てきた桂子の母親に私は恐縮して頭を下げた。母親は大して驚きもせず、かといって歓迎するという風でもなく、 静かに挨拶をし て私を請じ上げた。
家は広かった。廊下を歩いて突き当りのキッチンに入るまでに三つの部屋を通り過ぎた。ど の部屋も障子と襖で仕切られた八畳ほどの日本間だった。旧来の日本家屋の間取りを残した家で、戦前とまでは いかなくても建てられて二 、三十年は経っている印象だった。
私は食卓の椅子に照れ臭く座って いた 。桂子 の母親は夕食をつくっ ている途中だった。桂子は私にいろいろ話しかけながら母親の手伝いをした。彼女は浮き浮きしており、 はしゃいでいるようだった。私の前にビールが出された。母親は背中を向けててきぱきと料理をしていた。その無ロな後ろ姿はのこの こここまで来た私の心を見透かしているよう で、私は落着かなかった。 落着かないまま話しかけてくる桂子に応じて私はしゃ べっ ていた。この娘とこれからどんな関係になるのだろうという思いが胸をよぎった。
桂子の母親は小学校の教諭だった。父親は亡くなっており、この広い家に母娘二人で住んでいるのだった。男がいないということが私の気持をくつろがせたのは事実だった。ビールの酔いが まわ ってくると、私は後ろめたさも忘れて上機嫌にな った。列車の中で知り合った女、 そしてその日のうちに彼女の家でタ食を共にしているという展開が、映画や小説の筋書きのようで私を興奮させていた。人生も捨てたものではないな、 と思った。何か面白い事がこれから起きそうな気がした。
その興奮の核に若い女と知り合いになったということがあったのは確かだった。しかし桂子の容姿や雰囲気は私の好みとは少しずれて いて、それが興奮に水を差してもいた。




