その2
カメラマンが境内の端にある石段の中途から私を狙っている。物好きな奴だと思いながら、顔をそらして入口の門の方を向くと、男女のニ人連れが入ってきた。
男は背広をきちんと着た初老の紳士で、女は――桂子だった。 一瞬見間違えたかと思ったが、やはり桂子に違いなかった。二人は藤の花の下をこちらに歩いてくる。桂子は気づかないようだ。私は偶然を苦笑しながら座っていた。二人が四、五メートルに近づいたところで、 私は花を見上げていた顔を桂子に向けた。目が合った。桂子は「あ」と言った。
「やあ、こんにちは」
私はことさらのんびりした調子で挨拶した。
「どうしてここにいるの」
桂子は聞いてきた。例のつっかゝるような口調だ。
「いや、今日は休みだからちょっとね」
「ふーん。ひとり」
「うん」
「奥さんは」
「たまには一人にならないとね」
連れの紳士は素知らぬ顔で藤の花を見上げている。
「へえー、こんなとこで会うとはねえ。本当に奇遇というものね。お子さんは」
「うん、まだだ」
「そう」
桂子はまだ話をしたそうに立っている。今日はどうしたの、と聞こうかと思ったが、連れの紳士との関係に立ち入ってはと思ってやめた。それを察したのか、
「今日はこららで書道会の練習があってね。こららは支部長さん」
と桂子は言った。紹介されて私は面食らったが、紳士は聞こえないふうに藤の花を眺めていた。
「相変らずやってますな」
おどけた調子で私が言うと、
「私にはこれしかないもの」
と桂子は俯いて笑った。
桂子はなお話したげな様子だったが、黙っている私を見て、
「それじゃぁね」
と今度はあっさりし過ぎる言葉一つを残して去っていった。
私は桂子を見送った。背は高いのだが、どこか未成熟を感じさせる痩せた体が、この女の相変わらずの不幸、のようなものを感じさせた。そういう目で見れば、着ているチェックのスカートもどこか野暮ったく、映りが悪い。以前から桂子は服の着こなしが下手だった。というより選ぶ服自体の意匠に問題があった。彼女が着る服の多くは古めかしかった。たとえそれが原色の派手な色を使ったものであっても。桂子の服装にはぴったり決まった明朗さがなく、どこかくすんだ雰囲気が漂うのだった。
ニ人は境内の端まで行って立ら止まり、ふり返った。もう一度藤の花の全景を目に納めようとするようだった。そして寺の裏へ回る石段を上り始めた。
私は桂子の顔に表われていた年齢を思った。もう若くはない顔だった。俺達の世代もすでに若くはなくなったということだ――言葉の最後を呟きにして吐くと、私は缶ビールを飲み干した。下に降りるつもりだった。ここに座っていればまた顔を合わすことになるだろう。私は立ち上がり、藤棚の下をぶらりと一周して、 上ってきた石段を下り始めた。




