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第8話「それぞれの舞踏会」



◆侍女_エレーヌ視点


 「こちらのお色味、いかがでしょうか。」


 淡いローズピンクのドレスをそっと広げて見せると、リリアン様は少しだけ眉を寄せて、それを見つめた。


 「……可愛すぎない?」


 その声は、ほんの少しだけ照れくさそうだった。


 「可愛らしいのは、悪いことではございません。今夜は舞踏会でございますから。」


 そう言って、私はリリアン様の背をそっと押した。


 ドレスを選ぶ時間は、まるで秘密の儀式のようだった。

 リリアン様はいつも控えめで、華やかさより実用性を選ぶ人。

 でも、今日は違う。

 誰かの目に留まってほしい。

 誰かと踊って、笑ってほしい。

 そんな願いを込めて、私はこの一着を選んだ。


 髪飾りは、白い小花のついたものにした。


 「こちらでしたら、風に揺れても美しく映えるかと。」


 そう言うと、リリアン様は少しだけ微笑んだ。

 その笑顔が、私の胸の奥で小さな鐘の音のように響いた。


 準備が整った頃、リリアン様は鏡の前でふと立ち止まった。


 「……これでいいかな。」


 その言葉に、私はそっと答えた。


 「きっと、どなたかがリリアン様を見つけてくださいます。」


 リリアン様は驚いたように私を見てそして、静かに頷いた。


 舞踏会の夜。

 リリアン様が誰かと踊って、笑顔になること。

 それが、私のささやかな願いだった。



◆アラン視点


 夜が深くなると、舞踏会の喧騒は遠い夢のように感じられる。

 部屋の灯りを落とし、机に向かう。

 インク壺の蓋を開ける音だけが、静けさを破った。


 書くつもりはなかった。

 けれど、彼女の笑顔が、手の温度が、香りが……

 ふと胸に浮かんだとき、指が勝手に動き始めた。


 > _「リリアン・ド・ヴァルモン嬢へ


 > この手紙は、君に届くことはない。

 > けれど、言葉にしなければ、今夜の記憶がどこかへ消えてしまいそうで、だから書いている。


 > 君の手は、少しだけ冷たかった。

 > それが、なぜか心に残っている。

 > 冷たいというより、静かな温度。

 > その感触が、僕の手にすっと馴染んだ。


 > 君は、緊張していた。

 > でも、僕のリードに迷いなく応えてくれた。

 > それが、嬉しかった。

 > 君が僕を信じてくれたような気がして。


 > 視線が交差したとき、君はすぐに目を逸らした。

 > その仕草が、君らしくて、少しだけ切なかった。

 > でも、照れたように笑った君の顔が、今も目に焼きついている。


 > 「君と踊ると、時間が静かになりますね。」

 > あの言葉は、思わずこぼれたものだった。

 > 君の存在が、音楽よりも静かで、でも確かに僕の心に触れていたから。


 > この手紙を書いている今も、君の香りが残っている気がする。

 > それは、記憶の中の幻かもしれない。

 > でも、幻でもいい。

 > 君がそこにいたことは、確かだから。


 > この手紙は、誰にも見せない。

 > 君にも、もちろん渡さない。

 > けれど、僕の中に残る“静かな夜”として、ここに記しておく。


 > アラン・フィッツ・クラレンス」



◆レオ視点


 舞踏会の夜。

 王城の大広間は、光と音に満ちていた。

 僕は、壁際の静かな場所に立っていた。

 踊るつもりはなかった。

 文官としての招待だったし、華やかな場は得意ではない。


 けれど、目は自然と人混みの中を探していた。

 理由は、言わなくても分かっていた。


 リリアン・ド・ヴァルモン嬢。

 彼女が舞踏会に来ると知ったとき、胸の奥が少しだけ騒いだ。

 図書室でのやりとりが、まだ記憶に残っていたから。


 そして、見つけた。

 淡い色のドレス。

 髪を上げ、少しだけ緊張した面持ち。

 彼女は、周囲の華やかさに気圧されながらも、凛としてそこに立っていた。


 その姿を見て、胸が静かに揺れた。

 彼女は、やはり“言葉の人”だと思った。

 喧騒の中でも、静けさを纏っている。


 そして、彼が現れた。

 アラン・フィッツ・クラレンス侯爵令息。

 彼は、迷いなく彼女に歩み寄り、手を差し出した。


 リリアン嬢は、少しだけためらって、そして手を取った。

 その瞬間、空気が変わった気がした……


 彼らは踊り始めた。

 音楽に合わせて軽やかに。

 彼女の動きは、ぎこちなくない。

 むしろ、彼のリードに自然に応えていた。


 僕は、ただ見ていた。

 彼女の笑顔。

 彼の視線。

 ふたりの距離が、少しずつ縮まっていくのを。


 胸が、少しだけ痛んだ。

 理由は、まだ言葉にできなかった。

 でも、確かに何かが動いていた。


 彼女が笑ったとき、彼も微笑んだ。

 そのやりとりが、まるで詩の一節のようだった。

 僕は、目を逸らした。


 舞踏会の喧騒の中で、僕は静かに立ち尽くしていた。

 彼女の笑顔が、遠くからでもはっきりと見えた。

 それが、嬉しくて、少しだけ寂しかった。





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