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第4話「風の詩とカップ」



◆リリアン視点


 図書室の窓辺に、春の風がそっと入り込んでいた。

 ページをめくるたびに、紙がふわりと揺れる。

 その動きが、まるで誰かの声のように感じられる瞬間がある。


 私は、今日も詩集を手にしていた。

 けれど、文字を追っているだけではなかった。

 言葉の奥にある“誰かの気配”を探していた。


 「……こんにちは。」


 声に顔を上げると、レオ様が立っていた。

 黒髪を後ろで束ね、額にかかる前髪は整えられている。

 その姿は、図書室の静けさにすっと馴染んでいた。


 「リリアン・ド・ヴァルモン令嬢。よろしければ、少しだけご一緒しても?」


 「……はい。」


 彼は、私の向かいに静かに座った。

 手には、薄い陶器のカップ。

 図書室の奥にある小さな給湯室で淹れた紅茶らしい。


 「この季節の風は、詩に向いていますね。」


 「……風が、詩に?」


 「ええ。風は、言葉に似ています。見えないけれど、誰かの心を揺らすことがある。」


 私は、思わず息を止めた。

 その言葉が、あの手紙の一節と重なった気がした。


 「君が本をめくる音が、僕には風のように聞こえる。そんな詩が、ありましたね。」


 「……ええ。読んだことがあります。」


 彼の瞳は、静かだった。

 でも、その奥に何かが揺れているような気がした。

 私の心も、少しだけ風に吹かれたように揺れていた。


 「詩は、誰かに読まれることで完成すると思っています。」


 「……それは、手紙も?」


 「手紙も、詩も、言葉も。誰かの心に届いたとき、初めて意味を持つ。」


 私は、カップをそっと持ち上げた。

 紅茶の香りが、静かに広がる。

 その香りの中に、彼の言葉が残っていた。


 レオ・グランディア様。

 彼の言葉は、風のように静かで、でも確かに届いてくる。

 私は、まだ何も知らない。

 でも、心が少しずつ揺れ始めている。



◆レオ視点


 図書室の空気は、今日も静かだった。

 けれど、窓から差し込む春の風が、紙の端をそっと揺らしていた。

 その音が、まるで誰かの気配のように感じられることがある。


 筆記台で文書を整えていた僕は、ふと視線を上げた。

 彼女がいた。

 リリアン・ド・ヴァルモン嬢。

 詩集を開き、静かにページをめくっている。


 その仕草が、言葉を撫でているように見えた。

 風が通り抜けるような静けさ。

 僕は、気づけば立ち上がっていた。


「……こんにちは。」


 彼女が顔を上げる。

 その瞳が、光を受けて少しだけ揺れた。


 「リリアン・ド・ヴァルモン令嬢。よろしければ、少しだけご一緒しても?」


 「……はい。」


 僕は、彼女の向かいに座った。

 手には、給湯室で淹れた紅茶のカップ。

 図書室の静けさに、香りがそっと溶けていく。


 「この季節の風は、詩に向いていますね。」


 言葉が自然にこぼれた。

 彼女が驚いたようにこちらを見る。


 「風は、言葉に似ています。見えないけれど、誰かの心を揺らすことがある。」


 それは、僕自身が彼女に感じていることだった。

 彼女の仕草、声、目の動き……

 すべてが、僕の心を静かに揺らしていた。


 「君が本をめくる音が、僕には風のように聞こえる。そんな詩が、ありましたね。」


 「……ええ。読んだことがあります。」


 彼女の声が、少しだけ柔らかくなった。

 その変化が、僕の胸に静かに響いた。


 「詩は、誰かに読まれることで完成すると思っています。」


 「……それは、手紙も?」


 「手紙も、詩も、言葉も。誰かの心に届いたとき、初めて意味を持つ。」


 僕は、カップをそっと置いた。

 彼女の瞳が、何かを探しているように見えた。

 でも、僕はまだ何も言えない。

 あの手紙のことも、彼女の心の揺れも、全てがまだ風のように曖昧だった。


 けれど、確かに何かが動き始めている。

 彼女の心に、僕の言葉が届いたなら、それだけで十分だった。



◆侍女_エレーヌ視点


 午後の紅茶の時間。

 リリアン様が図書室から戻ってきたのは、いつもより少し遅かった。

 手には詩集。

 そして、なぜか紅茶のカップを持っていた。


 「……それ、図書室から?」


 「え?あ……うん。レオ様が淹れてくれて……そのまま持ってきちゃった。」


 私は思わず笑ってしまった。

 王子付き文官から紅茶を受け取って、それを図書室から持ち帰る伯爵令嬢。

 誰も想像しない光景だった。


 「リリアン様、カップは返しに行かないと。」


 「……そうよね。うっかりしてた。」


 リリアン様は、少しだけ頬を赤く染めた。

 でも、その表情がどこか嬉しそうだったのは、私の気のせいではないと思う。


 「レオ様と、何かお話されたんですか?」


 「……風の話をされたの。詩みたいな言葉だった。」


 「風の話……?」


 「“風は言葉に似ている”って。見えないけれど、誰かの心を揺らすことがあるって。」


 私は、紅茶の香りとともに、その言葉を噛みしめた。

 リリアン様の瞳が、少しだけ遠くを見ていた。


 「それで……その言葉に、揺れたんですね?」


 「……え?私、揺れてた?」


 「ええ。カップを持ち帰るくらいには。」


 リリアン様は、ぽかんとした顔をしてから、また笑った。

 その笑顔が、図書室の静けさよりもずっと柔らかかった。


 私は、そっとカップを受け取った。

 そして、心の中で思った。

 リリアン様の天然さは、誰かの言葉に触れたときに、いちばん愛らしくなる。





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