第3話「書庫の隠し棚」
◆リリアン視点
温室での出会いから数日が経った。
アラン様の言葉は、今も胸の奥に残っている。
「古い詩には、誰かの思いが残っていることがある」
その一言が、あの手紙の記憶を呼び起こす。
そして今日、私は再び図書室へ足を運んだ。
静けさの中で、何かを確かめたくなったから。
詩集の棚を通り過ぎ、奥の書庫へと向かう。
そこは、普段あまり人が入らない場所。
古い書物が並び、空気が少しだけ重たい。
私は、以前手紙を見つけた詩集と同じ版を探していた。
もしかしたら、他にも何かが残っているかもしれない。
そんな予感があった……
棚の隅に、少しだけ歪んだ背表紙の本を見つけた。
手に取ると、ページの間に何かが挟まっていた。
「……また、手紙?」
紙は、前回のものより少し厚手で、筆跡も違っていた。
けれど、言葉の流れには、同じような温度があった。
> “君が本をめくる音が、僕には風のように聞こえる。”
> “その風が、僕の心を揺らす。”
私は、そっと指先で筆跡をなぞった。
前の手紙よりも、少しだけ力強く、でも繊細な線。
「……違う。前のとは、違う人が書いた……?」
胸がざわめいた……
手紙の主は、一人ではなかったのか。
それとも、どちらかが本物で、どちらかが……
レオ様の静かな声。
アラン様の柔らかな微笑み。
どちらも、言葉に深さがある。
でも、筆跡は違う。
私は、手紙をそっと本に戻した。
まだ、誰にも見せる気にはなれなかった。
けれど、確かに何かが動き始めている。
言葉の奥にある“誰かの心”が、少しずつ輪郭を持ち始めている。
◆侍女_エレーヌ視点
リリアン様が図書室へ向かわれたのは、昼食の少し後だった。
何も言わず、ただ詩集を一冊だけ手に取って、静かに歩いていった。
私は、すぐに気づいた。
リリアン様が“何かを探している”ときは、歩く速度がほんの少しだけ速くなるのだ。
午後、戻ってきた彼女は、何も言わなかった。
けれど、手にしていた本をそっと抱えるように持っていた。
その仕草が、まるで誰かの言葉を守っているように見えた。
「図書室、静かでしたか?」
「……ええ。いつも通り。」
その返事は、少しだけ短かった。
でも、声の奥に何かが潜んでいる気がした。
紅茶を淹れながら、私はリリアン様の横顔をそっと盗み見た。
瞳は伏せられていて、唇は何かを言いかけているようで、でも言葉にはならなかった。
リリアン様は、何かを見つけた。
それは、きっと“言葉”だ。
でも、誰にも渡さず、誰にも話さず自分の中にそっとしまっている。
私は、何も聞かなかった。
聞いてしまえば、その静けさが壊れてしまう気がしたから。
「エレーヌ……紅茶、ありがとう。」
「どういたしまして。」
その言葉のあと、リリアン様は詩集を開いた。
でも、目は文字を追っていなかった。
何かを思い出しているような、遠くを見ているような、そんな瞳だった。
私は、そっと席を外した。
リリアン様が“言葉にならないもの”と向き合っているときは、そばにいるだけでいい。
それが、私の役目だから……
◆レオ視点
午前の図書室は、いつも通り静かだった。
書類の整理、王子の文書確認、貸出記録の更新。
淡々とした仕事が、今日も机の上に並んでいる。
インクの香りと紙の手触り。
それらは、僕にとって“日常”であり、“居場所”でもある。
王子から届いた書簡には、外交文の添削依頼。
言葉を選び、語調を整え、余白に詩的な一節を添える。
誰も気づかないかもしれない。
でも、僕はそういう“余韻”を大切にしている。
昼過ぎ、書庫の奥で古い地図の整理をしていた。
誰も来ない静かな空間。
棚の隙間から差し込む光が、紙の上に模様を描いていた。
ふと、思い出す。
リリアン・ド・ヴァルモン嬢。
図書室で詩集を読んでいた彼女の姿。
ページをめくる指先が、まるで言葉を撫でているようだった。
今、彼女は何をしているのだろう。
また、詩集を読んでいるのだろうか。
それとも、温室で花に話しかけているのかもしれない。
僕は、筆記台に戻りながら、ふと貸出記録に目をやった。
彼女の名前は、今日は記されていなかった。
でも、それが少しだけ残念に思えた。
言葉は、誰かに届いたときに初めて意味を持つ。
僕が挟んだ手紙は、彼女の手に渡った。
それだけで、十分なはずなのに……
なぜか、心の奥が静かに騒いでいた。
午後の光が、図書室の窓辺に差し込む。
僕は、また書類に目を戻した。
でも、文字の隙間に、彼女の気配が残っているような気がした。
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