第2話「白い花の午後」
◆リリアン視点
春の園遊会。
王城の庭園は、花々と香草の香りに包まれ、貴族たちの笑い声が風に混ざっていた。
けれど私は、その華やかさに少しだけ息苦しさを覚えていた。
人の輪の中で笑うより、静かな場所で本を読む方がずっと落ち着く。
だから、誰もいないだろうと思って、庭の奥にある温室へと足を向けた。
温室の扉を開けると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
白い花が咲き誇るその空間は、まるで別世界のようだった。
私は、そっと腰を下ろし、手にしていた詩集を開いた。
あの手紙が挟まれていた本……
何度も読んだ詩なのに、今は言葉の一つひとつが違って見える。
あの手紙の主は、誰なのだろう。
レオ?それとも……
「……いい詩ですね。」
声に驚いて顔を上げると、温室の扉のそばに青年が立っていた。
柔らかな金髪に、落ち着いたグレーの瞳。
彼は、私より少し遅れて温室に入ってきたようだった。
「すみません、驚かせてしまいましたね。」
「いえ……」
「この温室、静かで好きなんです。園遊会の喧騒から逃げてきたのは、僕だけじゃなかったようですね。」
彼は、私の隣にあるベンチに腰を下ろした。
距離は保ちつつも、どこか自然な気配だった。
「アラン・フィッツ・クラレンスと申します。」
「リリアン・ド・ヴァルモンです。」
「知っています。図書室で、何度かお見かけしました。」
また、図書室。
でも、彼の言い方は、何かを含んでいるようだった。
「君が読んでいたその詩集、印象的でした。……少し、物思いにふけっているように見えたから。」
「……そう、ですか。」
「古い詩には、誰かの思いが残っていることがあるって聞いたことがあります。 時々、ページの間に何かが挟まっていることもあるとか。」
彼は微笑んだ。
その表情は、何かを知っているようで、でも何も言わない。
「園遊会は、少し騒がしいですね。」
「……はい。私は、こういう場所が少し苦手で。」
「なら、温室に来て正解です。ここは、言葉が静かに咲く場所ですから。」
彼の言葉に、私は少しだけ頷いた。
そして、詩集のページをそっと閉じた。
その余韻が、手紙の筆跡と重なるような気がして心が少しだけ揺れた。
◆侍女_エレーヌ視点
園遊会の日は、いつもより少しだけ空気が華やかになる。
香水の香りが廊下にまで漂い、貴族たちの笑い声が遠くから聞こえてくる。
でも、リリアン様はそういう場があまり得意ではない。
だから、庭の奥にある温室へ向かわれたと聞いたとき、私は少しだけ安心した。
午後、彼女が戻ってきた。
ドレスの裾に花粉が少しだけついていて、手には詩集が握られていた。
その表情は、園遊会の喧騒とは違う、静かな何かを抱えているようだった。
「エレーヌ、少し……話せる?」
「もちろんです、リリアン様。」
リリアン様は、窓辺の椅子に腰を下ろした。
私は紅茶を淹れながら、そっと耳を傾ける。
「温室で……人に会ったの。」
「人、ですか?」
「アラン・フィッツ・クラレンス様。侯爵家の次男だそうよ。」
「……まあ。あの方と?」
私は少し驚いた。
アラン様は社交界でも評判の青年。
けれど、どこか浮世離れした雰囲気があると聞いていた。
「彼、静かだった。……でも、言葉が、少しだけ……」
「少しだけ?」
「……揺れるの。まるで、風が通り抜けるみたいに。」
リリアン様は、詩集を見つめながらそう言った。
その瞳が、ほんの少しだけ潤んでいるように見えた。
「君が読んでいたその詩集、印象的でしたって言われたの。 それから、“古い詩には誰かの思いが残っている”って。」
「……それって、まるで……」
「手紙のことを知っているみたいだった。でも、何も言わなかった。」
私は、彼女の言葉の奥にある“揺れ”を感じ取った。
レオ様のことも、アラン様のことも……
リリアン様の心は、まだ答えを持っていない。
「リリアン様……その手紙の主が、どちらかだと思っているのですね?」
「……分からない。でも、どちらかのような気がして。」
「なら、焦らずに。言葉は、時がくれば答えをくれます。」
リリアン様は、そっと頷いた。
その仕草が、まるで詩の一節のように静かだった。
私は、紅茶に少しだけ蜂蜜を垂らした。
甘さが、今日の午後にちょうどいい気がしたから。
◆アラン視点
園遊会の音楽が遠くから聞こえていた。
笑い声、舞踏の足音、銀器の触れ合う音……
どれも美しいはずなのに、僕には少しだけ眩しすぎる。
だから、庭の奥にある温室へ向かった。
そこは、言葉が静かに咲く場所。
誰にも邪魔されず、花と詩だけがそばにいてくれる。
けれどその日、温室には先客がいた。
白金の髪をふわりと結い、藤色のドレスが陽光に溶けていた。
彼女は詩集を開いていて、ページをめくる指先が、まるで言葉を撫でているようだった。
リリアン・ド・ヴァルモン嬢。
図書室で何度か見かけたことがある。
彼女が読んでいた詩集……
それは、僕も手に取ったことがある本だった。
そのとき、彼女の表情が少しだけ揺れていたのを覚えている。
まるで、誰かの言葉に触れたような顔だった。
「……いい詩ですね。」
声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げた。
その瞳が、光を受けて少しだけ潤んでいた。
「この温室、静かで好きなんです。園遊会の喧騒から逃げてきたのは、僕だけじゃなかったようですね。」
「……はい。」
彼女の声は、思ったよりも小さかった。
でも、その音が温室の空気にすっと馴染んでいく。
「君が読んでいたその詩集、印象的でした。……少し、物思いにふけっているように見えたから。」
「そう……ですか。」
「古い詩には、誰かの思いが残っていることがあるって聞いたことがあります。時々、ページの間に何かが挟まっていることもあるとか。」
僕は、彼女の反応をそっと見つめた。
何かを思い出しているような、でも言葉にはしないような、そんな表情。
もしかして、彼女は何かを見つけたのかもしれない。
でも、それが何なのかは、僕には分からない。
「園遊会は、少し騒がしいですね。」
「……ええ。私は、こういう場所が少し苦手で。」
「なら、温室に来て正解です。ここは、言葉が静かに咲く場所ですから。」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
その笑顔が、白い花の香りと重なって、胸の奥に静かに残った。
僕はまだ、彼女の心に何があるのか知らない。
でも今日の午後は、彼女のそばにいた時間が詩の一節のように感じられた。
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