番外編1「父たちの密談」
◆伯爵視点
婚約式のあと、庭の奥に設けられた控えの間で、私は侯爵と並んで座っていた。
式の余韻がまだ空気に残っている。
ふたりの子が未来を選び、家を越えて結ばれた。
それは、誇りであり、驚きでもあった。
「……よく泣いていたな、あの侍女。」
侯爵が、紅茶を口にしながらぽつりと言った。
私は、思わず笑みをこぼした。
「エレーヌは、娘の心を誰よりも知っています。あれは、彼女なりの祝福です。」
「ふむ。それにしても、アランがあそこまで変わるとはな。家を離れても、誇りを失わなかった。……あれは、私の息子だ。」
私は、静かに頷いた。
そして、懐から一枚の図面を取り出した。
「実は、式の前から進めていた計画があります。敷地の南側に、ふたりの新居となる離れを建てるつもりです。」
侯爵が図面を覗き込み、眉を上げた。
「ほう……なかなか洒落ている。庭に面した書斎、二階に小さなテラス……これは、若者には贅沢だな。」
「ふたりには、静かで穏やかな場所が必要です。家の格式ではなく、心を育てる空間を。」
侯爵は、しばらく図面を眺めていた。
そして、ふと口元を緩めた。
「……混ぜてもらえんか?私も、少しばかり資材の手配に力を貸そう。」
私は、少しだけ驚いた。
だが、すぐに笑った。
「歓迎します。これは、父たちの“密かな贈り物”です。ふたりには、まだ秘密にしておきましょう。」
「ふむ。では、完成の暁には“父の手による祝福”として贈るとしよう。」
ふたりの父が、静かに笑い合った。
格式を超えた絆が、今、確かに結ばれていた。
◆リリアン視点
婚約式から一年後、私はアラン様と結婚した。
結婚後は、アラン様の仕事の関係で国外の小さな家に二人で暮らしていた。
国外の仕事が一段落するタイミングで、帰国の際には伯爵邸で暮らしてはどうかと父から便りが届いた。
帰国して早々、アラン様と私は、父に呼ばれて庭の奥へ向かった。
アラン様も隣にいて、ふたりで並んで歩く。
その道は、見慣れたはずなのに、今日は少し違って見えた。
「リリアン、アラン。少し見せたいものがある。」
父の言葉に、私は首を傾げた。
アラン様も、少しだけ不思議そうな顔をしていた。
庭の南側に差し掛かると、そこには見たことのない建物が立っていた。
白い壁に、薔薇の蔓が絡む小さな離れ。
窓には柔らかなカーテンが揺れ、扉の前には小さなテラス。
まるで、絵本の中の家のようだった。
「……これは?」
アラン様が、驚きを隠せない声で尋ねた。
父は、静かに微笑んだ。
「ふたりの新居だ。婚約式の前から、侯爵殿と共に計画していた。ふたりが安心して暮らせる場所を父たちからの贈り物として。」
私は、言葉を失った。
アラン様も、ただその建物を見つめていた。
「父上……侯爵閣下……」
侯爵様が、少しだけ照れたように言った。
「資材の手配くらいは、父親として当然だ。それに、設計には少しばかり口を出させてもらった。書斎の窓は、私の好みだ。」
アラン様が、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。こんな贈り物をいただけるとは……僕たちの未来が、ここから始まるのですね。」
私は、父の手をそっと握った。
その手は、いつも通り冷静で、でも確かに温かかった。
「ありがとう、お父様。ここで、彼と共に生きていきます。」
父と侯爵様が、並んで立っていた。
その姿は、格式を超えた“ふたりの父”だった。
◆アラン視点
離れの完成を前に、リリアンと家具選びに出かけることになった。
伯爵家の馬車に揺られながら、彼女は窓の外を眺めていた。
「ねえ、アラン様。家具って、どれくらい話しかけたら仲良くなれるのかしら?」
僕は、思わず目を瞬いた。
「……家具に、話しかける?」
リリアンは、真剣な顔で頷いた。
「ええ。だって、長く一緒に暮らすものですもの。椅子にも“おはよう”って言ったら、座り心地が良くなる気がして。」
僕は、笑いをこらえながら言った。
「それなら、僕も毎朝テーブルに“ありがとう”って言うべきだね。」
「それ、素敵です!じゃあ、棚には“今日も支えてくれてありがとう”って……」
彼女は、たまに突拍子もないことを言う。
しかし、彼女の瞳は、家具たちとの未来を本気で想像していた。
その姿があまりにも愛らしくて、僕は心の中で何度も頷いた。
家具店に着くと、リリアンは目を輝かせて店内を歩き回った。
アンティークの鏡の前でくるりと回ってみたり、ソファに座って「この子は包容力があるわ」と呟いたり……
「リリアン、それは家具ではなく人格を見てませんか?」
「だって、家具にも性格ってあると思いません?」
僕は、彼女の天然ぶりに突っ込みながらも、その感性がこの新居をどれだけ温かくするかを思っていた。
最終的に選んだのは、リリアンが「優しい顔」と評した丸みのあるソファ・僕が「落ち着く」と感じた木目の書斎机・ふたりで「朝の光が似合う」と一致した白いカーテン……
帰りの馬車の中で、彼女は満足げに言った。
「家具選びって、ちょっと恋に似てるのね。見た目だけじゃなくて、触れてみて、心が動くものを選ぶの。」
僕は、彼女の手をそっと握った。
「それなら、僕はあなたを選んだことに、間違いはなかった。」
彼女は、少しだけ照れて笑った。
その笑顔が、僕の新しい家を、もう“家族の場所”にしていた。
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