第24話「涙の婚約式」(最終話)
◆リリアン視点
婚約式の朝、私の部屋には柔らかな陽射しが差し込んでいた。
窓辺のレースが風に揺れ、空気が少しだけ甘く感じられる。
鏡の前に座ると、エレーヌが静かに髪を整えてくれた。
彼女の指先はいつも通り丁寧で、でも今日は少しだけ優しさが深い気がした。
「緊張されていますか?」
彼女の問いに、私は小さく頷いた。
「ええ。でも……不思議と怖くはないの。まるで、夢の続きを歩いているような気がするの。」
エレーヌは、微笑みながら髪を編み上げていく。
その手元に、金糸のリボンが絡められていくのが見えた。
「お嬢様は、夢を選んだのです。だから、これは現実です。」
私は、鏡越しに彼女の瞳を見つめた。
そこには、いつも通りの穏やかさと——少しの誇りが宿っていた。
ベッドの上には、婚約式用のドレスが広げられていた。
淡いアイボリーに、薔薇の刺繍が施された一着。
それは、伯爵家の娘としての気品と、私自身の柔らかさを映すようだった。
「このドレス……本当に私に似合うかしら?」
エレーヌは、少しだけ首を傾げて言った。
「ええ。まるで、伯爵家の庭に咲く一輪の薔薇のようです。アラン様、きっと息を呑まれますよ。」
私は、そっとドレスに手を伸ばした。
その布の感触が、未来の扉に触れているように感じられた。
着替えを終え、髪に小さなティアラを飾ると、私は鏡の前に立った。
その姿に、エレーヌが静かに目を細めた。
「……綺麗です。お嬢様はもう、誰かの娘ではなく誰かの未来です。」
私は、胸に手を当てた。
その鼓動が、静かに、でも確かに高鳴っていた。
◆アラン視点
婚約式の始まりを告げる鐘が、伯爵家の庭に静かに響いていた。
招かれた客人たちが席に着き、春の風が花々を揺らしている。
僕は、庭園の前に設けられた式の場に立っていた。
胸元には、リリアン嬢が選んでくれた白い花のブローチ。
その香りが、緊張を少しだけ和らげてくれる。
伯爵夫妻が席に着き、リリアン嬢がゆっくりと歩み出てくる。
その姿は、まるで光そのものだった。
そして視線の先に、見慣れた人物が立っているのに気づいた。
「……父上?」
侯爵が、ゆっくりと歩いてきた。
礼服に身を包み、表情はいつも通り厳しかった。
でも、その瞳には、確かに柔らかさが宿っていた。
「驚いたか?」
「……はい。まさか、来てくださるとは。」
父は、僕の前に立ち、少しだけ目を細めた。
「お前が選んだ道を、遠くから見ていた。家を離れても、誇りを失わなかった。それならば祝福するのが、父の役目だ。」
その言葉に、胸が静かに震えた。
父の声は、いつも通り低く、しかし確かに温かかった。
「ありがとうございます。僕は、彼女と共に生きることを誇りにします。」
父は、わずかに頷いた。
その仕草は、肯定であり和解だった。
「リリアン嬢は、良い女性だ。お前が彼女の隣に立つなら、もう何も言うまい。」
僕は、深く頭を下げた。
その瞬間、過去の確執が静かにほどけていくのを感じた。
◆リリアン視点
婚約式の数日前、父が私に言った。
「侯爵家へ、挨拶に行く。お前も同行するか?」
私は、少しだけ驚いた。
でも、すぐに頷いた。
「はい。アラン様のために、私からもお願いしたいのです。」
侯爵家の応接室は、重厚で静かだった。
侯爵様は、変わらぬ威厳をまとっていたが、その瞳にわずかな揺らぎが見えた。
「伯爵閣下。息子は、家を離れました。それでも、貴家に迎えられるとは……複雑な思いです。」
父は、静かに紅茶に口をつけてから言った。
「アランが家を離れたのは、貴家の名を捨てたからではない。彼は、名に頼らずとも誇りを持って生きる道を選んだ。それを、我が家は尊重したまでです。」
侯爵様は、しばらく沈黙した。
そして、私に視線を向けた。
「リリアン嬢。あなたは、彼の選択を支える覚悟があるのか?」
私は、まっすぐに頷いた。
「はい。彼の隣に立つことが、私の誇りです。」
その言葉に、侯爵様はわずかに目を伏せた。
そして、静かに言った。
「……ならば、式には参列しよう。息子の選んだ道を、父として見届けるために。」
私は、胸が静かに熱くなるのを感じた。
この訪問が、アラン様の知らないところで彼の未来を支える一歩になったことを、私は確かに感じていた。
◆リリアン視点
春の庭に設けられた婚約式の場は、柔らかな陽光に包まれていた。
白い花々が咲き誇り、風が静かにドレスの裾を揺らす。
アラン様が隣に立ち、伯爵家と侯爵家の両親が見守る中、式の中心に置かれた机には、婚約証書が広げられていた。
「リリアン・エルフォード嬢、署名を。」
父の声に導かれ、私はペンを手に取った。
羊皮紙に名前を記すその瞬間、胸が静かに高鳴った。
次に、アラン様が署名する。
その手元を見つめながら、私は彼の選んだ道の重みを思った。
「これにて、婚約は正式に成立しました。」
父の宣言とともに、庭に拍手が広がる。
その音が、まるで祝福の鐘のように響いていた。
私は、アラン様と視線を交わした。
その瞳には、確かな光が宿っていた。
そして、視線の先に見慣れた姿があった。
エレーヌが、ハンカチで顔を覆いながら、肩を震わせていた。
「……エレーヌ?」
私は、思わず歩み寄った。
いつも冷静で、静かに支えてくれる彼女が今は声を殺して泣いていた。
「お嬢様……うっ……本当に……よかった……」
私は、おろおろと彼女の背をさすった。
「泣かないで」と言いたいのに、言葉が出てこない。
「エレーヌ……あの……私、まだ式の途中なんだけど……」
彼女は、涙を拭いながら笑った。
「すみません……でも、嬉しくて……お嬢様が、こんなに幸せそうで……」
その言葉に、私も胸が熱くなった。
涙が、少しだけ目元に滲んだ。
アラン様がそっと近づき、私の手を取った。
その温もりが、すべてを包み込んでくれるようだった。
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