第23話「誓いの言葉」
◆リリアン視点
応接室の空気は、静かだった。
父が席に着き、私はその隣に控えていた。
アラン様が、深い紺の礼服に身を包み、扉の向こうに立っていた。
「アラン・ヴァルモント殿、どうぞ。」
侍従の声に導かれ、彼が一歩ずつ部屋へ入ってくる。
その足取りは、緊張を隠さず、しかし確かなものだった。
「伯爵閣下、リリアン嬢。本日は、正式なご挨拶に参りました。」
父は、静かに頷いた。
そのまなざしは、見極める者のそれだった。
「お前の言葉を聞こう。」
アラン様は、深く一礼し、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳が、私を見つめていた。
「私は、侯爵家を離れました。家の名ではなく、個人としての責任を持って生きる道を選びました。そのうえで、リリアン嬢との婚約を正式に申し込みたく存じます。」
その言葉に、胸が静かに震えた。
彼の声は、揺れていなかった。
まっすぐで、誠実で、私の心に届くものだった。
父は、しばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前が家を離れたことは、すでに聞いている。その覚悟を、私は見守ると決めた。だが、婚約とは家を結ぶものでもある。お前は、我が家にふさわしい者となる覚悟があるか?」
「はい。私は、家の名ではなく、行動でふさわしさを示す所存です。リリアン嬢の隣に立つ者として、誇りを持って生きていきます。」
父は、私に視線を向けた。
その瞳は、問いかけていた。
「リリアン。お前は、この者を迎える覚悟があるか?」
私は、まっすぐに頷いた。
「はい。彼と共に歩む未来を私の意思で選びます。」
父は、静かに頷いた。
その仕草は、肯定であり、祝福だった。
「ならば、我が家はこの婚約を受け入れよう。二人が共に歩む道が、誇りあるものであることを願う。」
アラン様が、私を見つめた。
その瞳に、涙のような光が宿っていた。
◇◇
アラン様が帰ったあと、応接室には静寂が戻っていた。
扉が閉まる音が遠ざかり、私はまだ席に座ったまま余韻に包まれていた。
父は、紅茶に口をつけた。
その仕草は、いつも通りだったけれど、今は何かが違って見えた。
「リリアン。」
その声に、私は顔を上げた。
父の瞳は、静かに私を見つめていた。
「お前が、誰かを迎えたいと口にしたのは初めてだな。」
私は、少しだけ頷いた。
その言葉が、胸の奥に静かに響いた。
「彼は、家を捨てたのではない。家の名に頼らずとも、誇りを持って生きる道を選んだ。それは、貴族としてではなく人としての選択だ。」
私は、父の言葉を噛み締めた。
それは、アラン様への評価であると同時に、私への問いかけでもあった。
「お前がその選択を支えるなら、我が家もまた彼を迎える覚悟を持たねばならぬ。」
「……ありがとうございます。」
父は、少しだけ目を伏せてから言った。
「私は、娘が誰かの隣に立ちたいと願う日が来るとは思っていなかった。だが、今日のお前の言葉は誇りだった。」
その言葉に、胸が熱くなった。
父が、私の選択を“誇り”と呼んでくれたこと。
それは、何よりも大きな肯定だった。
私は、深く一礼した。
その言葉が、静かに心を支えてくれた。
◆侍女_エレーヌ視点
夕暮れの光が、屋敷の回廊を金色に染めていた。
私は、リリアンお嬢様の部屋の前で控えていた。
扉が静かに開き、お嬢様がゆっくりと歩み出てきた。
「エレーヌ。少し、庭を歩きましょう。」
その声は、穏やかだった。
でも、どこか遠くを見ているような響きがあった。
庭の小道を並んで歩く。
春の風が花々を揺らし、鳥の声が遠くで響いていた。
「父が、言葉をくれたの。」
お嬢様が、ふと口を開いた。
その瞳は、夕陽に照らされていた。
「私は、娘が誰かの隣に立ちたいと願う日が来るとは思っていなかった。だが、今日のお前の言葉は誇りだった。」
私は、胸が静かに震えた。
伯爵様が、そんな言葉をお嬢様に贈るとは、それは家の格式を超えた“父の愛”だった。
「お嬢様。その言葉は、何よりの祝福ですね。」
お嬢様は、少しだけ微笑んだ。
その笑顔は、少女のものではなく未来を選んだ女性のものだった。
「私は、彼と歩む道を選びました。でも、父がその道を“誇り”と呼んでくれたことで、ようやく自分の選択に胸を張れる気がします。」
私は、そっと言った。
「お嬢様が胸を張るなら、世界もきっとその道を照らしてくれます。」
風が、ふたりの間を静かに通り抜けた。
その風が、未来の始まりを告げているように感じた。
◇◇
朝の光が、書斎の窓辺を柔らかく照らしていた。
私は、紅茶を盆に載せて伯爵様のもとへ向かった。
扉をノックすると、低く「入れ」と声が返ってきた。
「お茶をお持ちしました、伯爵様。」
「そこに置いてくれ。」
机の上には、見慣れない図面が広げられていた。
建築図……
それも、屋敷の敷地内の一角を示すものだった。
「エレーヌ。お前は、リリアンの心をよく知っているな。」
その問いに、私は少しだけ驚いた。
でも、すぐに頷いた。
「はい。お嬢様の心は、私にとって何より大切なものです。」
伯爵様は、図面の端を指で押さえながら言った。
「この敷地の南側に、離れを建てるつもりだ。小さな住まいだが、静かで風通しの良い場所だ。アラン・ヴァルモントを迎えるためのものだ。」
私は、言葉を失った。
それは、家の中での“受け入れ”の証だった。
「お嬢様は家を出る必要はない。だが、彼を迎えるには、家の中に“彼の居場所”を作らねばならぬ。それが、私の責任だ。」
その言葉に、胸が静かに震えた。
伯爵様は、格式を守りながらも娘の未来を静かに支えようとしていた。
「お嬢様は、きっと喜ばれます。それは、彼女にとって何よりの安心です。」
伯爵様は、図面を静かに畳んだ。
その仕草は、決意のように見えた。
「この家は、娘の帰る場所であり彼女が未来を築く場所でもある。その両方を守るのが、父の役目だ。」
伯爵様が図面を畳んだあと、私はそっと言葉を添えた。
「……少し、気が早いのではありませんか?」
伯爵様は、目を細めて私を見た。
その瞳には、ほんの少しだけ茶目っ気が宿っていた。
「そうかもしれんな。だが、父親というものは、娘の未来を考え始めると止まらんものだ。」
私は、思わず微笑んだ。
伯爵様がこんなふうに語るのは、珍しいことだった。
「お嬢様には、もうお話されたのですか?」
伯爵様は、わずかに肩をすくめて言った。
「いや、まだだ。これは……“父の密かな楽しみ”ということにしておいてくれ。」
その言葉に、私は思わず笑みをこぼした。
格式を重んじる伯爵様が、そんな言葉を口にするとは、それだけ娘のことを大切に思っている証だった。
「承知いたしました。お嬢様には、まだ秘密にしておきます。」
伯爵様は、満足げに頷いた。
その姿は、少しだけ“父親”らしく見えた。
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