第21話「招かれし者」
◆リリアン視点
父の言葉が、まだ胸に残っていた。
「娘の選んだ人として招こう。」
その一言は、私の心に静かな灯をともした。
翌朝、私は書斎で便箋を広げた。
筆先が震えないように、深呼吸をしてから書き始める。
> _「アラン・ヴァルモント様
> 先日は、湖畔での穏やかな時間をありがとうございました。
> 父が、あなたとのご縁を改めて知りたいと申しております。
> つきましては、今週末の午後、伯爵家にてお茶の席を設けたく存じます。
> ご都合がよろしければ、ぜひお越しくださいませ。
> リリアン・エルフォード」_
封を閉じ、家紋の入った蝋印を押す。
それは、私の意思を“家の言葉”として届ける証だった。
数日後。
午後の陽が庭を照らす頃、玄関に馬車の音が響いた。
私は、胸の奥が静かに騒ぐのを感じながら、応接室へ向かった。
アラン様は、深い紺の礼服に身を包み、扉の向こうに立っていた。
その姿は、いつもより少しだけ硬く見えた。
でも、瞳はまっすぐだった。
「ごきげんよう、リリアン嬢。お招きいただき、光栄です。」
「ようこそ。お越しいただけて嬉しいです。」
応接室には、父がすでに座っていた。
侍従が静かに紅茶を注ぎ、銀器が控えめに音を立てる。
「アラン・ヴァルモント殿。娘があなたと親しくしていること、私も承知しております。本日は、あなたの人となりを知るための場と考えております。」
アラン様は、深く一礼した。
「伯爵閣下。リリアン嬢とのご縁を、大切に思っております。私の言葉が拙くとも、誠意は尽くす所存です。さらに。」
父は、紅茶に口をつけながら静かに頷いた。
その仕草は、評価でも拒絶でもなく——ただ、見極める者のそれだった。
私は、ふたりの間に流れる空気を感じながら、そっとカップを持ち上げた。
この時間が、未来の扉を開く鍵になることを願いながら。
◆アラン視点
応接室の空気は、静かで張り詰めていた。
銀器の音も、絨毯の上の足音も、すべてが慎重に響いていた。
リリアン嬢が席に着き、伯爵閣下がゆっくりと口を開いた。
「アラン・ヴァルモント殿。あなたは、侯爵家の次男として育たれた。家の名を背負う者として、どのような未来を描いておられるか?」
その問いは、形式的なものではなかった。
娘の隣に立つ者として、何を持ち、何を捨てる覚悟があるのか、それを見極めるための問いだった。
「閣下。私は、家の名に頼ることなく、自分の足で立つ未来を望んでおります。侯爵家の名は誇りではありますが、それ以上に、誠実な人間であることを大切にしたいのです。」
伯爵は、紅茶に口をつけた。
その仕草は、静かに思考を巡らせている証だった。
「家を継ぐ意思は?」
「現時点では、継ぐ予定はございません。私の兄が後継者として立っております。私は、家の名よりも、自分の意思を選びたいと考えております。」
リリアン嬢が、わずかに目を見開いた。
彼女には、まだ伝えていなかったことだった。
でも、今ここで語ることが、誠意だと思った。
「リリアン嬢とのご縁を、真剣に考えております。彼女の心に寄り添い、共に歩む未来を築きたい。そのために、私は家の名に縛られず、彼女の隣に立つ覚悟があります。」
沈黙が流れた。
伯爵は、視線を窓の外に向けた。
庭の花々が、春の風に揺れていた。
「……誠実な言葉だ。だが、誠意は言葉だけでは足りぬ。行動で示すことができるか?」
「はい。それが試されるなら、私は喜んで受けます。」
伯爵は、ゆっくりと頷いた。
その動きは、肯定でも拒絶でもなく“見守る者”のそれだった。
「ならば、今後も娘と会うことを許そう。ただし、家の者としてではなく、個人としての責任を持って接すること。それが、私の条件だ。」
「承知いたしました。その責任を、誇りとして受け止めます。」
リリアン嬢が、静かに微笑んだ。
その笑顔が、僕の覚悟を照らしてくれた。
◆リリアン視点
応接室での対話が終わったあと、私は庭の回廊に出た。
日が静かに照らし、花々が銀色に染まっていた。
その光の中に、アラン様の姿があった。
「リリアン嬢。」
彼は、少しだけ緊張した面持ちで立っていた。
でも、その瞳はまっすぐだった。
「父の言葉、どう受け止めましたか?」
「……誠実な機会だと思いました。僕自身の責任で、あなたの隣に立つことを許された。それは、僕にとって何よりの光です。」
私は、少しだけ目を伏せてから言った。
「アラン様。侯爵家から、婚約の話が出ていると聞いています。それについて……どうするつもりですか?」
彼は、静かに息を吸い込んだ。
その瞳が、日の光に照らされていた。
「僕は、家の意向に従うつもりはありません。 婚約話は、家の都合で進められているものです。でも、僕の心は、あなたにあります。」
その言葉に、胸が静かに震えた。
でも、私はもう一歩踏み込んだ。
「本当に侯爵家ではなく個人としての責任で良いのですか?」
彼は、少しだけ目を伏せてから、ゆっくりと頷いた。
「はい。僕は、ヴァルモンの名を背負うよりも、あなたの隣に立つ人生を選びたい。それが、僕の答えです。」
アラン様が私を優しく見つめた。
私もその視線に気付いて見つめ返す。
嘘偽りのないアラン様の瞳が私の姿をうつしている。
風が、ふたりの間を静かに通り抜けた。
私は、そっと言った。
「……その人生に、私がいてもいいですか?」
彼は、微笑んだ。
その笑顔は、誓いのように優しかった。
その瞬間、私たちの間にあった不安も距離も風に溶けていった気がした。
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