第18話「真実の筆跡」
◆リリアン視点
リリアンは静かに扉を閉めた。
誰もいない部屋の空気は、少しだけ冷たくて、心を落ち着けるにはちょうどよかった。
机の上に置かれた一通の手紙。
封筒には何の飾りもなく、ただ彼女の名前だけが、少し傾いた文字で書かれていた。
彼女は指先で封をなぞる。
その筆跡に、どこか見覚えがある気がした。
図書室で見つけた、あの詩集に挟まれていた手紙……
あれと、似ている。
そっと封を切り、手紙を広げる。
文字はところどころ筆圧が濃く、少し不器用な印象を受ける。
けれど、それがかえって真っ直ぐな気持ちを伝えてくるようで、リリアンは目を離せなくなった。
> 「君が笑うと、世界が少しだけ優しくなる気がする。そんな気のせいを、僕は信じてみたい。」
言葉は飾られていない。
でも、そこには確かに“彼”の声があった。
アラン。
彼が時折見せる、照れくさそうな笑顔。
不器用だけれど、誠実で、まっすぐな言葉。
手紙の文体と、彼の話し方が重なっていく。
リリアンは息を呑んだ。
これは、彼の手紙だ。
図書室で見つけたあの手紙と、同じ筆跡。
そして、同じ温度。
彼女の胸に、静かな確信が灯る。
迷いは、もうなかった。
窓の外では風が揺れていた。
リリアンは手紙を胸に抱き、そっと目を閉じる。
その瞬間、彼女の心は、誰かに向かって歩き出していた。
◆アラン視点
彼女が涙を流した夜から、僕の中で何かが変わった。
言葉では届かないものがある。
だからこそ、僕は“行動で寄り添う”と決めた。
けれど、何も言わないままでいては、彼女の不安を深めてしまうかもしれない。
僕は、手紙を書くことにした。
それは、恋文というほど華やかなものではない。
ただ、彼女に伝えたい想いを、静かに綴ったものだった。
何度も書き直した。
言葉が強すぎても、弱すぎてもいけない。
彼女の心に、そっと触れるような言葉を選んだ。
> 「君が笑うと、世界が少しだけ優しくなる気がする。そんな気のせいを、僕は信じてみたい。」
それが、僕の本音だった。
彼女の笑顔は、僕の世界を変える。
それを伝えたかった。
筆跡は、隠さなかった。
むしろ、彼女に気づいてほしかった。
図書室で見つけた詩集に挟んだ手紙と、同じ筆跡。
彼女がそれを覚えていてくれるなら、僕の想いは届くかもしれない。
封筒には、彼女の名前だけを丁寧に書いた。
飾りも紋章もつけなかった。
ただ、僕の手で書いたことが分かるように。
手紙は、図書室の机にそっと置いた。
彼女がよく座る窓際の席。
誰にも見られないように、静かに。
その夜、僕は眠れなかった。
彼女が手紙を読んで、何を感じるか。
それを考えるだけで、胸が騒いだ。
でも、後悔はなかった。
言葉ではなく、筆跡で伝えた想い。
それが、彼女の心に届くなら——それで十分だった。
◆リリアン視点
図書室の午後は、静かだった。
窓から差し込む光が、机の上の手紙を柔らかく照らしていた。
私は、その手紙を胸に抱きながら、扉の前で立ち止まっていた。
アラン様は、いつもの席にいた。
詩集を開いていたけれど、ページは進んでいなかった。
彼も、何かを待っているように見えた。
「アラン様。」
声が震えないように、ゆっくりと呼びかけた。
彼は顔を上げ、少し驚いたように微笑んだ。
「ごきげんよう、リリアン嬢。」
「……少しだけ、お話してもいいですか?」
彼はすぐに頷いた。
私は、机の向かいに座り、手紙をそっと机の上に置いた。
「この手紙……筆跡で分かりました。図書室で見つけた詩集に挟まれていたものと、同じです。」
アラン様は、目を伏せた。
けれど、逃げるような仕草ではなかった。
静かに、言葉を選んでいるようだった。
「……はい。僕が書きました。」
その答えに、胸が静かに騒いだ。
でも、驚きよりも——安心が広がっていった。
「どうして、直接渡さなかったのですか?」
「言葉にするには、僕の想いがまだ形になっていなかったからです。でも、筆跡なら僕の不器用さも、誠実さも、伝わるかもしれないと思いました。」
私は、手紙を指先でなぞった。
その文字が、彼の声と重なっていく。
「この手紙を読んで……少しだけ、怖くなくなりました。」
「怖くなくなった?」
「ええ。誰かに好かれることが、ずっと怖かった。でも、アラン様の言葉は——私を縛るものではなくて、支えてくれるものでした。」
彼は、静かに微笑んだ。
その笑顔は、あの日の涙の夜よりも、少しだけ柔らかかった。
「僕は、急ぎません。リリアン嬢が、自分の心に確信を持てるまで、その隣にいられるなら、それで十分です。」
私は、頷いた。
言葉にはできないけれど、心が少しだけ前に進んだ気がした。
◆リリアン視点
夕暮れの部屋は、淡い光に包まれていた。
カーテン越しに差し込む陽が、床に長い影を落としている。
私は、ソファに座りながら、手紙を膝の上に置いていた。
エレーヌが、静かに紅茶を運んできてくれた。
その香りが、少しだけ心を落ち着かせてくれる。
「エレーヌ……少しだけ、話してもいい?」
「もちろんです。お嬢様の言葉は、私の一番大切な時間です。」
私は、手紙をそっと差し出した。
封筒には、私の名前が書かれている。
少し傾いた筆跡。
それが、誰のものか、もう分かっていた。
「この手紙……アラン様のものでした。」
エレーヌは驚いたように目を見開いた。
でも、すぐに静かに頷いた。
「筆跡で分かったの。図書室で見つけた詩集に挟まれていた手紙と、同じだったから。」
私は、手紙の文面を思い出しながら話した。
飾らない言葉。
でも、まっすぐで、優しく彼の声が聞こえるような気がした。
「彼は、言葉ではなく筆跡で想いを伝えてくれたの。それが、私には……とても安心できるものだった。」
エレーヌは、私の手にそっと触れた。
その温もりが、言葉よりも深く胸に届いた。
「お嬢様が安心を感じられたなら、それは本物の想いです。恋は、心が静かに選ぶものですから。」
私は、少しだけ微笑んだ。
涙の夜から、少しずつ前に進めている気がした。
「まだ、答えは出せないけれど……でも、彼の隣にいることが、怖くなくなったの。」
エレーヌは、そっと紅茶を差し出した。
その香りが、未来の予感のように感じられた。
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