第15話「遅れた手紙」
◆レオ視点
手紙は、何度も書き直した。
言葉を選びすぎて、紙が何枚も無駄になった。
けれど、ようやく一通、渡したいと思えるものができた。
それは、恋文というほど大胆ではない。
でも、彼女への想いが、静かに滲んだ手紙だった。
舞踏会の夜のこと。
図書室での会話。
そして、彼女が風邪をひいた日のこと。
「君が笑っていたのを、見ていました。」
その一文だけでも、僕には十分だった。
渡す機会は、何度もあった。
けれど、ことごとく失敗した。
最初は、朝の回廊。
彼女が詩集を手に歩いていたので、声をかけようとした。
けれど、彼女は突然立ち止まり、空を見上げて言った。
「雲が、羊みたいですね。」
その言葉に、僕は手紙を差し出すタイミングを失った。
彼女の天然な感性に、思わず笑ってしまったから。
次は、温室。
彼女がハーブを摘んでいたので、そっと近づいた。
けれど、彼女は突然振り返って……
「レオ様、ミントって、恋に効くと思いますか?」
その問いに、僕は返答に困り、手紙を出すどころではなくなった。
三度目は、図書室。
彼女が静かに詩を読んでいたので、今度こそと思った。
けれど、彼女はページをめくりながら、ぽつりと呟いた。
「この詩、最後の一行がない方が美しい気がします。」
その言葉に、僕は自分の手紙の最後の一行を思い出してしまい、また渡せなかった。
彼女の天然な言葉は、いつも僕の計画を崩してくる。
でも、それが——愛しくて、悔しくて、少しだけ切ない。
夜、書斎で手紙を見つめながら、僕は静かに笑った。
渡せない手紙が、机の上で僕を見ている。
「君に渡すには、まだ僕の言葉が足りないのかもしれません。」
でも、いつか。
彼女が雲を見上げていないとき。
ミントの香りに夢中になっていないとき。
詩の余白に沈んでいないとき——
そのときこそ、渡したい。
数日後、僕はまだ渡せずにいた。
言葉にするには、まだ早い気がした。
でも、何も伝えないままでいるには遅すぎる気もした。
だから、僕は花を選んだ。
彼女が好きだと言っていた温室の花々。
その中から、ひとつひとつ、意味を込めて束ねた。
花束は、小ぶりで控えめなものにした。
華やかすぎると、彼女の静けさを壊してしまいそうだったから。
選んだのは……
- ラベンダー:「あなたを待っています」
- スズラン:「純粋な愛」
- ブルースター:「信じ合う心」
- ミントの葉:「温かい思い出」
- 白いカモミール:「逆境に負けない優しさ」
どれも、彼女に似ていた。
そして、僕の想いを代弁してくれる花言葉だった。
花束を包み、そっと図書室の机に置いた。
彼女がよく座る窓際の席。
誰にも見られないように、静かに。
その日、彼女は午後に図書室へ来た。
僕は、棚の影からそっと見守っていた。
彼女が花束に気づいた瞬間、目を見開いた。
そして、ひとつひとつの花に指を添えながら、何かを考えているようだった。
彼女は、花言葉を知っている。
それは、以前温室で話したときに分かった。
だから、この花束が“ただの贈り物”ではないことも、きっと気づいている。
彼女は、花束を胸に抱えて、窓の外を見つめていた。
その横顔が、少しだけ赤く染まっていたのは光のせいか、それとも……
僕は、何も言わなかった。
ただ、彼女の心に届くことを願った。
言葉ではなく、香りと色で伝えた想いが、そっと彼女の胸に残るように。
◆侍女_エレーヌ視点
お嬢様が図書室から戻られたのは、午後の陽が傾き始めた頃だった。
腕には、小ぶりな花束。
ラベンダー、スズラン、ブルースタ……
どれも、温室でよく見かける花だったが、束ね方が違っていた。
「エレーヌ……少し、話してもいいかしら?」
その声は、いつもより静かで、少しだけ揺れていた。
私はすぐに頷き、部屋の椅子をすすめた。
お嬢様は、花束を膝の上に置きながら語り始めた。
図書室の窓際に、誰かがそっと置いていたこと。
花の選び方が、まるで“言葉の代わり”のようだったこと。
「ラベンダーは“あなたを待っています”でしょう?スズランは“純粋な愛”。……これって、ただの贈り物じゃない気がして。」
私は、花束をそっと見つめた。
香りが、静かに部屋に広がっていた。
それは、誰かの想いが形になったような香りだった。
「お嬢様は、どなたからだと思われますか?」
「……レオ様、かもしれません。」
その答えに、私は驚かなかった。
むしろ、ようやく届いたのだと思った。
「レオ様は、言葉よりも静かな方法を選ばれる方なのかもしれません。でも、その分、想いは深いのだと思います。」
リリアン様は、花束をそっと抱きしめた。
その仕草が、まるで答えを受け取ったように見えた。
「でも……これをどう返せばいいのか、分からなくて。」
「返す必要はないかもしれません。ただ、受け取ることが、すでに答えなのです。」
その言葉に、お嬢様は静かに頷かれた。
窓の外では、風が草を揺らしていた。
その音が、ふたりの沈黙を優しく包んでいた。
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