第12話「恋文を返して」
◆リリアン視点
その手紙は、ずっと引き出しの奥にしまっていた。
筆跡が違う二通の恋文。
どちらも、私の心を揺らした。
けれど、今は返さなければいけない気がした。
理由は、はっきりしていなかった。
ただ、胸の奥に小さな違和感が残っていて、それを誰にも見られずにそっと手放したかった。
午後、図書室の隅にある返却棚。
誰もいない時間を見計らって、私は手紙を小さな封筒に入れ、そっと棚の奥に滑り込ませた。
その瞬間……
「リリアン嬢?」
背後から、静かな声がした。
振り返ると、そこにレオ様が立っていた。
私は、息を呑んだ。
彼の目が、私の手元にある封筒を見ていた。
その視線に、胸がざわついた。
「それは……何か、大切なものですか?」
「いえ……ただの、返却です。読んだものを元に戻しただけです。」
声が少し震えていた。
レオ様は、私の言葉を否定せず、ただ静かに頷いた。
「手紙でしたか?」
その問いに、私は答えられなかった。
けれど、彼の目は、すでに答えを知っているようだった。
「恋文は、読むよりも、返す方が勇気が要るものです。」
その言葉に、胸が締めつけられた。
彼は、何を知っているのだろう。
誰が書いたか、気づいているのだろうか。
「……私は、ただ、整理したかっただけです。」
「整理、ですか。」
彼の声は、少しだけ遠くなった。
けれど、優しさは変わらなかった。
「もし、手紙の中に答えがなかったとしても君の心の中に、何かが残っているなら、それは返さなくてもいいのかもしれません。」
私は、何も言えなかった。
ただ、封筒を棚に置いたまま、彼の目を見つめていた。
その視線の中に、問いも、答えも、沈黙もあった。
そして、少しだけ私への想いも……
◆レオ視点
午後の図書室は、いつもより静かだった。
窓から差し込む光が、棚の影を長く伸ばしている。
僕は、返却棚に詩集を戻そうとしていた。
そのとき、誰かの気配を感じた。
棚の向こうに、リリアン嬢の姿があった。
彼女は、何かをそっと棚の奥に滑り込ませていた。
その仕草は、まるで秘密を隠すようで、僕は声をかけるべきか迷った。
けれど、気づけば言葉が口をついていた。
「リリアン嬢?」
彼女が振り返る。
その瞳が、少しだけ驚いていた。
そして、手元には小さな封筒。
「それは……何か、大切なものですか?」
僕の問いに、彼女は少しだけ声を震わせて答えた。
「いえ……ただの、返却です。読んだものを、元に戻しただけです。」
その言葉に、僕は何も言えなかった。
けれど、封筒の形、彼女の表情、それらが全てを物語っていた。
「手紙でしたか?」
彼女は答えなかった。
でも、沈黙が答えになることもある。
僕は、少しだけ距離を取った。
彼女の気持ちに踏み込みすぎないように。
でも、何かを伝えたかった。
「恋文は、読むよりも、返す方が勇気が要るものです。」
その言葉が、彼女の胸に届いたかは分からない。
けれど、僕の中では、それが精一杯だった。
「……私は、ただ、整理したかっただけです。」
「整理、ですか。」
その言葉に、僕は少しだけ胸が痛んだ。
彼女が何かを手放そうとしている。
それが、僕の知らない誰かへの想いだったとしても……
それでも、彼女の心が揺れていることだけは分かった。
「もし、手紙の中に答えがなかったとしても、君の心の中に何かが残っているなら。それは、返さなくてもいいのかもしれません。」
僕は、彼女の瞳を見つめた。
その中に、問いも、迷いも、そして少しだけ僕への想いもあるような気がした。
けれど、僕はそれ以上何も言わなかった。
彼女の選択を、尊重したかった。
たとえ、それが僕の胸を少しだけ締めつけるものであっても。
◆リリアン視点
レオ様が静かに図書室を後にしたあと、私は棚の前にひとり残された。
封筒は、まだそこにある。
手紙を返すと決めていたはずなのに、今は指先が動かない。
彼の言葉が、まだ耳に残っていた。
「恋文は、読むよりも、返す方が勇気が要るものです。」
「君の心の中に、何かが残っているなら、それは返さなくてもいいのかもしれません。」
私は、封筒を見つめた。
筆跡の違う二通の手紙。
どちらも、私に何かをくれた。
でも、どちらも“誰なのか”は分からないまま。
返すことで、何かが終わる気がした。
でも、残すことで、何かが始まる気もした。
私は、そっと封筒を手に取った。
そして、棚の奥ではなく、自分の胸元に抱えた。
「もう少しだけ、持っていてもいいでしょうか。」
誰に言ったわけでもない。
でも、その言葉が、私の中で答えになった。
図書室の窓から、柔らかな光が差し込んでいた。
その光の中で、私は封筒をそっと引き出しに戻した。
返すのは、今日ではない。
きっと、まだ心が決まっていないから。
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