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第11話「風邪と甘い言葉」



◆リリアン視点


 朝、目を覚ましたときから、喉が少し痛かった。

 頭も重くて、体が布団に沈み込むようだった。

 昨日の雨が、まだ肌に残っているような気がした。


 「お嬢様、まさか……」


 エレーヌが部屋に入ってきた瞬間、眉をひそめた。

 私が布団の中でぼんやりしているのを見て、すぐに額に手を当てた。


 「やはり。熱がございます。昨日、濡れたまま回廊にいらしたのが原因ですね?」


 「……少しだけ、紙が気になって……」


 「紙?」


 「アラン様の……詩のようなものが、雨に濡れていて……」


 エレーヌは、ため息をついた。

 でも、その目は優しかった。


 「お嬢様は、時々詩に夢中になりすぎて現実を忘れられます。それが魅力でもございますが、風邪をひかれては元も子もありません。」


 彼女はすぐに部屋を暖かく整え、厚手の毛布を追加してくれた。

 窓を閉め、カーテンを少しだけ開けて、柔らかな光だけを通すようにした。


 「ハーブティーを淹れてまいります。ローズマリーとレモンバームで、喉に優しいものを。」


 「ありがとう、エレーヌ……」


 彼女が部屋を出ていく音が、静かに響いた。

 その背中に、少しだけ申し訳なさを感じた。

 でも、同時に安心もしていた。


 エレーヌは、いつも私の“少し抜けたところ”を見守ってくれる。

 それが、どれほどありがたいことか。

 風邪をひいた朝に、改めて思い知らされた。


 ハーブティーの香りが、部屋に満ちていた。

 ぼんやりと窓の外を眺めていると、扉の向こうからノックの音がした。

 静かで、控えめな音。

 その響きに、胸が少しだけ高鳴った。


 「リリアン嬢、少しだけお顔を拝見しても?」


 その声は、レオ様だった。

 私は、エレーヌに軽く頷いて、扉を開けてもらった。


 レオ様は、いつも通り穏やかな表情で、けれど少しだけ眉を寄せていた。

 手には、小さな包みと一冊の本。


 「お加減はいかがですか?」


 「……少し、熱があるみたいです。」


 「それは、心配ですね。ですが、熱があるときは、夢を見ることもあります。それが甘い夢なら、少しだけ得をした気分になりませんか?」


 その言葉に、思わず笑ってしまった。

 頭がぼんやりしているのに、彼の声だけははっきり届く。

 それが、少し不思議だった。


 「夢の中で、誰かと踊ったりするのでしょうか?」


 「ええ。もしそうなら、僕もその夢に招かれたいものです。」


 彼は、そっと本を置いていった。

 詩集だった。

 「退屈しないように」と言って。

 でも、ページをめくる気力はなくて、彼の声だけが残った。


 「この詩集には、雨の日に読むと心がほどけるような詩がいくつかあります。もし眠れない夜があれば、エレーヌ嬢に読んでもらってください。」


 彼の言葉は、静かに部屋に溶けていった。

 それは、ハーブティーの香りと同じくらい優しくて、心に染み込んだ。


 「レオ様……ありがとうございます。」


 「どうか、早く良くなってください。君が元気でいることが、僕にとって何よりの詩です。」


 その言葉に、胸がふわりと浮いた。

 熱のせいかもしれない。

 でも、彼の言葉が少しだけ甘く感じたのは、気のせいではなかった。


 レオ様が帰られたあと、私は少しだけ目を閉じた。

 彼の声が、まだ耳に残っていて、静かな余韻の中にいた。


 けれど、間もなくまたノックの音がした。

 今度は、少しだけ力強く、急いでいるような音。


 「リリアン嬢、入ってもよろしいですか?」


 その声に、胸が少しだけ騒いだ。

 アラン様だった。


 扉が開くと、彼は少しだけ息を切らして立っていた。

 手には、布に包まれた小さな籠。

 その中には、彩り豊かなフルーツが並んでいた。


 「風邪をひかれたと聞いて、いてもたってもいられなくて。」


 「……すみません、少しだけ雨に濡れてしまって。」


 「それは、僕のせいかもしれませんね。」


 彼は、少しだけ目を伏せて笑った。

 けれど、その笑顔の奥に、何かが揺れているように見えた。


 「実は、来る途中でレオ様とすれ違いました。彼もお見舞いに来られていたようですね。」


 その言葉に、私は少しだけ驚いた。

 けれど、すぐに頷いた。


 「はい。詩集を持ってきてくださいました。」


 アラン様は、籠をそっとテーブルに置いた。

 中には、オレンジ、ぶどう、洋梨、どれも甘い香りが漂っていた。


 「フルーツは、熱のときに体を潤してくれます。それに、甘いものは……少しだけ元気をくれますから。」


 彼の声は、いつもより静かだった。

 でも、その言葉の奥に、何かを伝えようとしている気配があった。


 「本当は、もっと甘い言葉を届けたかったのですが……それは、また元気になられたときに。」


 その言葉に、胸がふわりと浮いた。

 熱のせいかもしれない。

 でも、彼の目が真っ直ぐに私を見ていたことだけは、確かだった。


 「ありがとうございます、アラン様。とても嬉しいです。」


 彼は、少しだけ照れたように笑って、静かに部屋を後にした。

 その背中を見送りながら、私はそっとフルーツに手を伸ばした。


 甘さが、喉に優しく広がった。

 それは、彼の言葉と同じくらい優しかった。



◆侍女_エレーヌ視点


 お嬢様が風邪をひかれた朝、私はすぐに部屋を整えた。

 

 昼過ぎ……

 最初に訪れたのはレオ様だった。

 静かな足音、控えめなノック。

 彼は詩集を手に、言葉を選びながら話されていた。


 「君が元気でいることが、僕にとって何よりの詩です。」


 その言葉に、お嬢様が少しだけ微笑まれたのを、私は見逃さなかった。


 次に訪れたのはアラン様。

 少し急ぎ足で、髪が乱れていた。

 手には、彩り豊かなフルーツの籠。

 彼は、まっすぐな目でお嬢様を見つめていた。


 「本当は、もっと甘い言葉を届けたかったのですが……それは、また元気になられたときに。」


 その言葉に、お嬢様の頬がほんのり赤く染まった。

 熱のせいだけではないと、私は思った。


 ふたりの訪問が終わったあと、私はそっと部屋を整え直した。

 詩集は枕元に置き、フルーツは小皿に盛り直して。

 お嬢様は、静かに目を閉じていた。


 その表情は、風邪の苦しさよりも、何かを思い出しているようだった。


 二人の言葉……

 二人の声……

 それらが、彼女の夢に入り込んでいるのかもしれない。


 私は窓辺に立ち、外の曇り空を見上げた。

 雨は止んでいた。

 けれど、空気にはまだ、昨日の余韻が残っていた。


 恋は、言葉だけではなく沈黙にも宿る……


 そして、誰かの優しさが、風邪よりも深く心を温めることもある。


 お嬢様が目を覚ましたとき、どちらの言葉が先に思い出されるのか……

 それは、私にも分からない。

 でも、どちらもリリアン様の心に確かに届いていた。





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