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第93話 恫喝

「マダム、オリバー様という方がご面会をお求めになっておりますが、お通ししてよろしいでしょうか?」

オリバー? 

店員からそう告げられて、カリマは首を傾げた。

「誰だい、それは?」

「お若い男性の方でございます」

カリマは苛立ちを隠さず、店員を睨みつけた。

「だから、どこぞの貴族様のご令息なのかいってことを聞いてるんだろ。バカだねぇ」

ヒステリックな罵声に、店員の女は首を縮めた。

「いえ、どのご家門の方とは特に申しておりませんでした」

「金は持ってそうなのかい?」

「あの、ご一緒されておられる方はブラウンロウ伯爵様とおっしゃられているのですが」

カリマはあんぐりと口を開けたまま、目を見開いた。

「あんた! 今なんて言った」

「はい、ですからブラウンロウ伯爵様がご一緒と……」

「なんてバカな女なんだい。なぜそれを早く言わない。この役立たず」

「きゃっ、痛い!」

店員の娘の脛を乱暴に蹴飛ばし、カリマは肩を怒らせて店先の方へ出て行った。

痛みにうずくまる娘の怯えた視線を、無視して。

「ブラウンロウ伯爵様でいらっしゃいますか?ようこそいらっしゃいました」

カリマはすり合わせるような揉み手をしながら、二人を奥の応接室へ導き入れた。

オリバーは、メアリーとの『超共感』で大変お世話になったカリマを目の前に、腹の中がどす黒い怒りで真っ黒になった。

その醜い皺首をへし折ってやりたい衝動に駆られたが、それを顔には出さない。

カリマに親しげな笑みを向けて笑った。

「良い店ですねえ。ファッション雑誌で見たよりももっと良い。さすが一流店は違いますね。なんか一流のオーラが漂っているって感じ」

「オーラですか? まあ、お坊ちゃまは面白いことおっしゃいますのね。ほほほほほほ……」

釣り上がったその口元とは対照的に、その目は値踏みするようにオリバーの服装を丹念にチェックしていた。

その目が侮蔑の色に変わるのを、オリバーは見逃さない。

オリバーの服は上物だが、麻と綿で仕立てた耐久性重視の普段着だった。

「あの、大変失礼ではございますが、坊ちゃまはブラウンロウ様のご親類の方でございますか?」

「親類?」

何かおかしな話でも聞いたような顔で、オリバーはカリマの顔を不思議そうに見つめた。

「何か私、変なことを申し上げましたかしら?」

「いやだなあ、マダム。ぼくの服、さっきからジロジロ見てわかりませんかぁ~。ぼくは救貧院出身の孤児ですよ。そんなにお金持ちに見えました?それともぼくってそんなにかっこいい?」

「なんだって……」

カリマの顔がさっと蒼ざめた。

内心の怒りが暴発しそうになる。

隣で鋭い視線を向けるブラウンロウに、その感情を強引に封じ込めた。

だが、孤児などがここに座っている。

それだけ狂おしいほどの屈辱感で、拳がぶるぶると震えていた。

こんな下賤な血が、自分の店を穢すなど、耐えがたい。

「オリバー!良い加減にせよ。さっさと用件を済ませて帰るぞ。わしは腹が減った」

「そうですねぇ~。じゃ、単刀直入に。ここにメアリーさんってお針子がいますよね。本人、ここ辞めたいってことなんですよね」

「おふざけじゃないよ。あの子は200ポンドもの借金があるんだ。それを返すまではここを辞めさせるわけにはいかない」

オリバーのどす黒い怒りが放出された。

【やっぱりやるんですか?】

ヨーダが気乗りしないような声で問いかけた。

...やるに決まってんだろ!..

【恫喝レベル1が発動しました】

カリマに向けて指向性でスキルを制御して放つ。

「そうですか……」

凍りつくようなその声を聞いて、カリマは身を震わせた。

ギラギラと獰猛な狼のような目に射すくめられ、魂がすくむ。

「もう一度、聞きます。メアリーさんの退職を認めていただけますね。200ポンドはお支払いいたします」

「み、店にも都合があるんだ。いくらお金をもらったからと言って簡単に、い、行かない……」

【恫喝レベル2が発動しました】

喉が詰まり、最後まで声を出すことができなかった。

目の前に凶暴な虎が牙をむき、無造作に自分の身体を今にも食い破る。

恐怖に身体がガタガタと震え始めた。

「そうですか。困りましたね。それでは本当に困るんです。では、もう一度聞きます。メアリーさんは退職しますね?」

オリバーの声のトーンが落ちる。

「がっ……だ、ダメだ」

メアリーはここを出るときは死んだときだけだ。

カリマは血が出るほど唇を噛み、恐怖に耐えた。

【恫喝レベル3が発動しました】

カリマの目が白目にひっくり返り、意識が飛んだ。

【良い加減にしましょう。ブラウンロウ氏が不審がりますよ】

ここまでの時間、1分..

確かに隣のブラウンロウはカルマの異常な様子に顔を顰める。

【恫喝を解除します】

「あれ、どうしたんですか?」

白目を剥いてひっくり返ったカリマを、オリバーは素早く支えた。

彼女の身体は微かに排尿の異臭を放っていた。

気が付いてオリバーを見た彼女は、「ひぃ~」と叫んで両手で頭をかばった。

「あれ?なんか変な臭いがしませんか?」

「うむ、そのようじゃな。マダムは体調がよろしくないようですな。今日は改めます。用件はご理解いただけたのでしょうな。明日にでも弁護士に200ポンド持たせますので、退職の手続きの方よろしくお願いいたしますぞ。では、今日はこれで失礼します」

「では、ぼくもこれで……マダム」

オリバーはにっこりと人の好い笑顔を浮かべて丁重にお辞儀をし、ブラウンロウと共にその場を辞した。

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