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第87話 ブランド化

天眼智にアップグレードした結果、チート級の技能が増えた。

具体的には、過去の世界や未来の可能性世界をシミュレーションできるようになったのだ。

これはヨーダが創造する仮想世界とは違い、走馬灯を見るように一瞬でシミュレーション結果が脳裏に映し出される。

そんな機能だった。

非常に使える機能ではあるが、スキル使用者の希望や経験に影響された結果が出てしまうという難点がある。

従って、使用者の想定外のシミュレーションは出にくく、過信は禁物だった。

特に、シミュレーション期間が長い場合や、はるか未来を対象とする場合は、ほとんど役に立たない。

逆に、近い未来で短い期間であれば、かなり正確に予測できる。

1秒後なら、ほぼ確実。

これをヨーダの予備動作分析と同時に使えば、戦闘中の敵の動きを確実に先読みできる。

天眼智には感覚速度強化スキルも含まれる。

1秒は敵の動作を読んで対策を立てるには十分長い時間だった。

結果として、戦闘レベル以上の相手とも対等に戦えるようになった。


シミュレーションの結果では、オリバーの養蚕事業はこのまま進めば順調に繊維業界のシェアを増やしていく。

だが、シェアが10%を超えた段階で多くの問題が生じる。

議会で明らかに不公平ともいえる規制が混紡繊維にだけ課される。

次に、工員や養蚕に従事する農民たちへの非合法な嫌がらせや恫喝が頻発する。

さらに、マスコミのネガティブキャンペーン。

規制には技術力で対抗し、恫喝や嫌がらせには自警団を組織して対応する。

だが厄介なのはマスコミによる印象操作だ。

混紡繊維の品質に対する悪いイメージが広がり、シェアは縮小し始める。

それはエドウィンが指摘してきた危惧そのものであり、シミュレーション世界の中に何度も同じ光景が現れた。

繰り返せば繰り返すほど、この事業が袋小路に陥ることを思い知らされる。

しかし、ゲームのリセマラのように何度も試すうち、一つだけ成功例が現れた。

つまり、最も気に入った未来への方向指針を、時間はかかるが選択できるのだ。

地味にして、強力すぎるチート技能だった。


解決策はブランド化だった。

しかも国内だけでなく、国際的な評価を受ける必要がある。

ロンドンは紳士服においてはヨーロッパの中心的都市だったが、女性用ドレスの流行発信地はパリだった。

狙い目はパリ。

パリで高い評価を受けることができれば、イギリス国内の規制やマスコミの影響を跳ねのけられる。

パリの女性はロンドンの女性に比べ、はるかに先進的だ。

しかも品質やデザイン性に敏感で、マスコミの評価が低いものや周囲の評価の低いものを敢えて選ぶような女性も少なくなかった。

つまり、自分の感性を第一にする傾向が強かった。


ただ、仮にパリでの成功を得たとして、その先どうなるかはシミュレーションでもパターンが多すぎて絞り込めない。

まずは「パリの若い女性向けに、デザイン性の高い仕立ての良い混紡繊維のドレスを開発する」

そこを第一の目標とするしかなかった。


だが、デザイナーの確保で早くも行き詰まった。


仕立て屋にはギルドのような形式的な組織は存在しなかった。

しかし、どの世界にも実力だけでは突破できない暗黙のヒエラルキーがある。

一度確立した権威は強固であり、それは強力な権力と深いつながりを持つ。

仕立て屋もまた然り。

絹などの原材料を扱う輸入業者、羊毛牧場主、さらに彼らと結びついた政治家や官僚の力によって裏から支えられていた。

若手デザイナーが独自に仕事を請け負おうとすれば、まずは“承認”が必要だった。承認を得られなければ工房の道具も仕入れられず、顧客もつかず、自然と潰れていく仕組みだ。

ロンドンには有能な若いデザイナーが山ほどいた。

だが現状、ファッション性の高いドレスや紳士服に混紡繊維を使う者は一人としていない。混紡繊維の用途は、耐久性重視の既製品に限られていた。

混紡繊維の見た目の良さ、肌触り、耐久性、仕立てやすさ、その優秀さに気づいている先進的なデザイナーは実際には少なくなかった。


オリバーが目をつけた若手デザイナーの一人、マルセルは鋭い感性を持ち、すでに一部の上流階級の婦人から注目を集めつつあった。

「混紡繊維、素晴らしい品質だな。絹や羊毛ではあの質感は出せない。俺は気に入った」

「ありがとうございます。もしマルセルさんが使ってくださるのなら、当面は特別価格で卸させていただきますよ」

「待て。ものが良いからといって、売れるとは限らない。今の世間の評価は『品質は良いが、ファッション性では絹に劣る』ってところだ。社交界でこれを使う上流階級のお嬢様はいない」

確かにその通りだ。デザイナーが使わなければ、混紡繊維のドレスが人々の注目を浴びることはない。

「それにな。混紡繊維を使うと業界のご重鎮や役人がうるさいんだ。なぁ、分かるだろ?」

絹の貿易商による役所へのロビー活動の結果である。

「申し訳ありません。至りませんで」

「お前のせいじゃない。それに、『レディ』や『イングリッシュ・ウーマン』なんかの雑誌を見ただろ。混紡繊維は“絹や羊毛を買えない貧乏貴族ご用達”だって書かれてる。俺としては、まだ時期尚早ってことだ。悪く思うなよ」


やがてマルセルのもとにも、絹の貿易商とつながる役人が訪れた。

「君の才能は評価している。だが率直に言わせてもらおう。混紡繊維の仕事に関わるのはやめたまえ。君のためにならん」

「なぜです?品質を見てもらえれば分かるはずです」

「一介の仕立て屋が関わる問題ではない。これは国益に関わることだ。イギリスは絹の輸入で莫大な税収を得ている。議会のご重鎮は黙っておるまい」

マルセルは言葉を失った。目の前の男の背後に、議員や官僚の影が見える気がした。

さらに数日後、別のデザイナーの工房には「裏切り者」と落書きされ、弟子が石を投げられる事件まで起きた。

圧力は目に見える形で強まり、見えない網のようにデザイナーたちを縛っていった。

「混紡繊維を使えば、仕立て屋としての将来はなくなる」

そんな噂が流布し、オリバーの周囲からは次第に協力者が消えていった。


だが、まだ手段は残されていた。

天眼智で見える未来は無数にある。

だが、その中に必ず突破口も存在するはずだ。

そう思い、再び心の中でスキルを起動すると、走馬灯のように流れる可能性世界の中に、いくつもの未来が浮かび上がった。

その中の一つにヒントが含まれていた。

それは、業界の外にいる未経験の女性の存在。

仕立て屋の世界では、デザインは男性の仕事。

女性は才能があっても、お針子として低賃金で雇われるのが普通だった。

女性デザイナー!

それは、まさしく宝の山だった……。

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