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第85話 判決

入口の扉が乱暴に開かれ、少年オリバーが駆け込んできた。

ディックは思わず目を見開く。

その手に握りしめられている一通の書状が目に入った瞬間、彼は力が抜けて椅子にへたり込んでしまう。

だが同時に、心の底から愉快な笑いがこみ上げ、抑えきれなかった。


「裁判長!」

老弁護士は自らに活を入れるようにして再び立ち上がった。

「本件に関する重大な証拠が、今ここに届けられました。この内容は本訴訟の前提そのものを揺るがすものです。ぜひ審議の上、本件の継続可否を再検討していただきたい!」

傍聴席がどよめく。

リッチ・ボイヤー判事は一瞬、視線をオリバーに向けた。

泥に汚れたその姿の中に、勇者を見た思いがした。

証拠……。

その言葉を耳にしただけで心臓が大きく跳ねる。

「…そうだ!私が待っていたのはこれだ。…」

もう、なにも怖いものはなかった。

「証拠物の審議を認めます。被告弁護人は内容を提示してください」

「異議あり!」

ダンカン側の弁護士が声を荒げる。だが、判事は短く言い放った。

「異議を却下します」

「なっ……!」

狼狽する弁護士の声が、法廷を包むざわめきにかき消される。

その瞬間、リッチは悟った。

これで全て良いのだ。

収賄の罪も、弱さも、すべてを認めた上で裁かれよう。

妻や子供に向き合い、「間違いを犯した」と謝罪する覚悟が、不思議と心を軽くした。


一方で、隣に座るダンカンは顔を真っ赤にして震えていた。

「いいのかよ、リッチ。おれと心中するってんなら、望むところだぜ!」

その恫喝を受けても、リッチは冷ややかな視線を向ける。まるでゴミでも見るような目で。

「法廷を侮辱した原告の退廷を命じます」

「バカな!」

ダンカンの弁護士が抗議する。

「裁判官!それは不当です!」

「不当?」

判事の声は低く鋭く響いた。

「裁判官を恫喝する原告を許容する法律は、この国にはない。あなたも法律家なら、それを承知しているはずでしょう」

弁護士は言葉を失い、沈黙するしかなかった。

「ディックスさん、それは遺書ですね」

「その通りです」

「本件法廷は、遺書の法的正当性を審議の上、継続の要否を確認するまでの間、休廷とします」

傍聴席に歓声が上がる中、リッチ・ボイヤーは鬼の形相で睨みつけるダンカンに一瞥もくれず、退廷していった。


「ほっほ~~!」

奇妙な奇声を上げながらディックがオリバーに抱きつく。

堰を切ったようにトムが、ブライアンが、村人たちが、そして後から駆けつけたエリザベスとウイリアムが、オリバーを中心に輪になった。

皆が抱きつき、頭を撫で、彼は揉みくちゃにされた。


やがて後日行われた遺書の正当性を審議する裁判は、あっけなく終了する。

遺書の正否は疑いようもなかった。

ロンドンに向かう途中で見たビジョンの通り、オリバー側の勝利で幕を閉じた。


...あのビジョンはなんだったんだ?...

【あれは多元的に存在する可能性の一つとしてあらわれたビジョンです。】

...予知じゃないのか?...

【いいえ、予知ではありません。あくまで一つの可能性です。ですが、人間の脳には可塑性があり、同じ想像を繰り返したり、そのイメージが強いとそれが現実になる可能性が上がるのです。】

...引き寄せの法則かよ!...

【まぁ、似たようなもんですが、天眼智によってそれが強化されたと考えてください。】

...馬と話が出来たのはなんでだよ...

【天眼智の翻訳機能が自動発動したものと思われます。人語の全てとそれ以外の動物の言語に対応しています。ただし、人間と深い関係にある動物以外では人語へは変換されません。イメージや意味として伝わってきます。】

アレックスの場合、普段からエリザベスと疑似的に会話していたため明確に人語への変換がされたらしい。


ナンシーの利用権は正式に所有権として確定し、蚕繭の出荷は再開。製糸工場は無事に操業を再開した。


一方その頃。

ダンカン敗訴の報を聞いたモンクスは、声を失ったように黙り込む。

当てが外れるとはまさにこのこと。

ダンカンは「遺書は処分した」と言っていたはずだ。

「…それがなぜ今になって出てきた?…」

しかも、それを裁判の最中に持ち込んだのは、オリバーという少年だという。

何かが引っかかる。

モンクスは釈然としない思いに苛立ちを募らせる。


彼はエバンスの元を訪れた。

エバンスは苦い顔でモンクスを睨みつける。

「とんだ食わせ物だったな。あのダンカンという男は」

「全くです。ですが、このタイミングで遺書が出てくるなんて、本当にあり得るのでしょうか?」

「なにが言いたい?」

「あのオリバーという少年が遺書を持ち込んだというのですが……どうにも引っかかります」

「ふむ。確かに気に入らん。だが、たかが十三歳の子供だろう。気にすることもあるまい」

「本当にそう思いますか?」

「ふむぅ……」

エバンスは葉巻の煙を吐き出し、その揺らめきをしばし凝視する。

「当面は我々の利権に関わるほどの問題にはならんだろう。だが、もし問題になりそうなら、その時に手を打てばいい。お前も金を出せ」

「致し方ありませんね。いいでしょう」

「ほぅ!お前にしては気前がいいな!」

「保険金を惜しむほど愚かではありませんよ」

「フェイギンには話を通しておこう」

非合法な仕事を金で請け負う暴力集団の頭目。

その名が口にされる。

この二人は自分たちの利害には異常に感が鋭かった。

互いにその特質を熟知しているためか、二人の利害は一致する。


オリバーは、そのことをまだ知る由もなかった。……

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