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第84話 天眼智

心が透明になる。

ひたすらロンドンの裁判所を目指すという一つの作業に集中できた。

時間は9時半を過ぎようとしていたが、不思議なことに焦りはない。

【心眼智が自動発動しました。メタ認知モードが起動します】

意識が身体から離れ、周囲に拡散していくような不思議な感覚に襲われる。

確かに自分の身体は馬の上にあった。

しかし意識は、はるか上空からそれを俯瞰していた。

今までであれば、結跏趺坐して集中力を高め、その結果として発動していた心眼智。

今はまるで息をするように自動的に発動している。

【心眼智の経験値が上限に達しました。アップグレードが可能です。実行しますか?】

…なに!心眼智って上位版があったのかよ?…

【アップグレードを推奨します。心的エネルギー全回復のボーナスが受けられます】

…それって今やるべきかよ?裁判はどうなっているんだろ?…

【心眼智がアップグレードすれば天眼智が発現します。そのスキルを使えば意識の拡張範囲が今の数万倍になります】

…数万倍?…

オリバーはあまりの性能差ににわかには信じがたかった。

だが冷静に考えれば、その力があればロンドンまで意識を飛ばすことができる。

そして『超共感』を使えば、遺書がもうすぐ届くことを知らせられるのではないか。

ふと、すべてが終わり裁判はオリバー側の勝利で終わるビジョンが、頭の中に明瞭に浮かんだ。

非合理的であるとも言えたが、そのビジョンは徐々に確信へと変わっていく。

…ロンドンまでの距離は?…

【あと10kmです】


心眼智ではまだロンドンまでは届かない。

さらに『超共感』で裁判所内の誰かと同化した場合、消耗する心的エネルギーが足りなかった。

つまり…

天眼智にアップグレードし、心的エネルギーを充填すれば可能となる。

…どうすればアップグレードするんだよ…

【意識の中心を上空に広げる感覚で拡張範囲を広げてください。心眼智の上限を超えた段階で限界突破します。それで天眼智が発現します】

オリバーの意識はどんどんと広がっていった。

ロンドンどころか遠くヨークシャーやウェールズまでも俯瞰できた。

【覚醒が第二段階に進み『心眼智』は『天眼智』に進化しました。心的エネルギーの最大値が3倍に上昇しました。】

一瞬、意識が大いなる存在と同化した。

そんな錯覚を覚える。

…だが次の瞬間、今まで息をするように自動発動していた心眼智の感覚が、ぷつりと途絶えた。

【天眼智を発動してください。方法は心眼智と同様です】

どうやらアップグレードにより天眼智の経験値は初期値に戻り、自動発動はしなくなったらしい。

馬の鞍を股に挟み、両手を広げ集中を高める。

その時、不思議な現象が起きた。

「走ることは俺に任せな。裁判所の場所も俺が知ってる」

「なに!」

オリバーは驚きの声を上げる。

馬が軽く頭を振り、歯をむき出し、まるでニヤリと笑ったように見えた。

「馬?お前なのか?」

「ああ、俺だ。アレックスって名前もあるんだぜ。本来ならお嬢以外は乗せねえ主義だが、今日は特別だ」

まさか馬と話す日が来るとは思いもよらなかった。

この世は知らないことだらけだ。

そう痛感する。

アレックスの協力で集中力をさらに高める。

意識は広がり、やがてロンドンの裁判所に届いた。


ロンドンの裁判所。

オリバーはディック弁護士と同化していた。

「茶番だ」

吐き捨てるようにそう呟く。彼の心は絶望に満ちていた。

「負けてたまるか!遺書はもうすぐ届くんだ」

オリバーは心の中でそう念じる。

その闘志が同化したディックに本来の力を呼び戻した。

心に再び闘志の火が灯る。

オリバーとディックの言葉が重なる。

「粘れるだけ粘ってやる」

重なった二人の心は、不敵な笑みを浮かべていた。


オリバーは次にリッチ・ボイヤーと同化する。

彼は内心で暗い笑いを噛みしめていた。

裁判は公正であるべきだ。

ここに至っても老弁護士の闘志は衰えを見せなかった。

...オリバー。

あの少年はなぜここにいない?

ふと、心に熱い何かが燃え広がるのを感じた。

オリバーが遺書をもってここへ向かっている。

そうなれば間違いは正される。

そんな確信に満たされる。

「俺は法律家だ。例え何があっても法律家として生きたい」

同化したオリバーは切に、リッチが本来持つその誇りを願った。

オリバーとリッチの心の声が重なる。

…さあ!俺をねじ伏せてみせろ!…

リッチは、我知らず不敵な笑みを浮かべていた。

裁判はまだ、これからが本番だ!


両陣営の激しい攻防が始まった。

裁判は確実にダンカン側に有利に傾いていった。

それにもかかわらず老弁護士ディックは諦めず、むしろ闘志をむき出しにして尋問を重ねる。

その迫力に証人の一人が絶句し、顔を蒼ざめさせて証言を中断するほどだった。

勝っているはずのダンカン陣営は、狼狽と焦りで混乱している。

その攻防を傍聴席の村人たちは手に汗を握って見守っていた。

ダンカン側の弁護士の威厳の仮面も剥がれ落ちる。

助けを求めるようにリッチの方へ何度も視線を送った。

だが、リッチはまだ結審をするつもりはない。

「ふざけるな!もうたくさんだ、さっさと判決をしろ!」

ダンカンが怒り狂った形相でリッチを怒鳴りつける。

「静粛に。原告は法廷を侮辱するのであれば退廷してもらいますが、よろしいですか、ダンカンさん」

全く動じないリッチに、ダンカンは目を大きく見開いた。


やがて…

長いような短いような時間が経過した。

入口の扉が開いた。

あの少年。

オリバーが駆け込んできた。

本当にやって来た!

「ああ!」

リッチは、心が温かいもので満たされていくのを感じていた……。

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