第83話 茶番劇
口頭弁論は、すでに原告側....ダンカンに有利な形で進んでいた。
証言台に立つ役所職員は、調書を見ながら淡々と語る。
「林地は管理が行き届かず、常に失火の危険を孕んでおりました」
ディック弁護士はすかさず立ち上がる。
「だが、あなたの報告には放火の可能性への言及が一切ない!自然発火だと断定できる根拠はどこにあるのですか?」
法廷に一瞬、ざわめきが走る。
集まったハムステッド村の人々が口々にささやきあってそれに同意した。
だが...
「異議あり!」
ダンカン側の弁護士が鋭く声を放つ。
大柄で鷲のような眼光を持つ男は、判事を真正面から睨みつけた。
「異議を認めます」
ボイヤー判事は無表情に答える。
「何ということじゃ……」
ディックの喉から低い唸り声が漏れた。これではまともに質問すらできない。
次の証人が呼ばれる。
だが、ディックの質問はことごとく封じられ、供述の内容はすべて認められていく。
役所の職員や地主と親交の深い商人の証言ならまだ理解できる。
だが、誰もが見たことのない男が「村人」として証言していた。
実際には、その男は以前にダンカンの下で働いていた無頼の一人であった。
証言の一つひとつが、ことごとくダンカンの主張を補強していく。
だが、ディックは諦めることができなかった。
この裁判で負ければ、林地はダンカンのものとなる。
せっかく復興し始めた村の事業は頓挫するに違いない。
汗ばんだ額を拭いながら、ディックは心の中で呟いた。
「茶番だ……」
この裁判はすでに仕組まれている。
訴訟提起の通告からわずか五日間で口頭弁論。
そして裁判官は、すでに判決を結審する用意を整えているように見えた。
その時...
頭の中で、何かが囁いたような気がした。
オリバーがまだ来ていない。
奴は一体、何をしているのだ。
エリザベスとウィリアムが探しに行っている。
心の中に、不思議な確信が生まれる。
オリバーが来れば何かが変わる。それまでの間、裁判を長引かせるのが自分の役目だ。
その確信は徐々に強まり、やがて決意となった。
「粘れるだけ粘ってやろう!」
ディックは胸の中になにか熱いものが燃え広がっていくのを感じた。
不敵な笑いを浮かべ、リッチ・ボイヤーを睨みつける。
リッチ・ボイヤーは内心で暗い笑いを噛みしめていた。
裁判は公正であるべきだ。
そんな信念が、この裁判を担当するまでには確かに自分の中にあった。
ほんの僅かな心の迷い。
そのために、法律家としての信念も誇りもすべて踏みにじられてしまった。
罰せられるべきものが罰せられず、罪もない者が罪を被る。
ボイヤーは必死に自分の心を殺そうとした。
これくらいのことは必要悪だ....そう思い込みたかった。
だが、ふと視線を向けると、被告側の老弁護士が不敵な笑みを浮かべ、自分を睨みつけていた。
…もうやめてくれ!なぜ、諦めない?…
この苦痛と屈辱から一刻も早く逃げ出したかった。
だが、あのしたたかな老弁護士はそれを許さなかった。
無駄に多くの証人を、原告側すべてに対して尋問するつもりのように見える。
ダンカンの陣営からは苛立ちと乱れが滲み出し始めていた。
原告の弁護士は鋭い視線でこちらを睨む。
さっさと結審しろと言わんばなりに無言の圧力をかけてくる。
だが、老弁護士は飢えて追い詰められた虎のように荒れ狂い、それを許さない。
…無益だ。…
そう思った瞬間、再び頭の中で何かが囁いた。
不思議な確信が胸に芽生える。
弁護士の挑戦を受けて立つのだ。
奴の手管がすべて尽きるまでは結審はしない。
そう思うと、なぜか間違いを正せる気がした。
…さあ!俺をねじ伏せてみせろ!…
心の中で呟くと、なにかが変わった。
ボイヤーは、我知らず不敵な笑みを浮かべていた。
裁判は...
まだ終わっていないのだ。