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第82話 全身全霊

ブレアナの次男によれば、母は突然呆けの病から回復し、昔の出来事を語り始めたのだという。

そして今、ナンシーが裁判で不利な状況に置かれていると知るや、矢も楯もたまらず家を飛び出してきたらしい。

まず、カロリーを回復する必要がある。

オリバーは次男に頼み込み、パンとチーズを分けてもらった。

「オリバー!頼む、村を守ってくれ」

彼も遺書の持つ重要性を十分理解している。

これによって彼ら村人の運命も決まるのだから。

胃に何かが入ると、わずかに体力が戻るのを感じる。

だが、まだ残存カロリーは30%以下。


本来なら馬よりも速く走る自信がある。

だが、この状態では途中でガス欠になるのは必至だった。

それでも行くしかない。

遺書は手に入れた。

しかし裁判が結審してしまえば全ては水泡に帰す。


...ヨーダ、今の体力でロンドンまで行けると思うか?...

【残念ながら無理です。馬を調達するべきでしょう】

...そんな時間はない!『状態限界』で何とかならないか?...

【可能です。ただし生命力を大きく削ります。場合によっては...】

...構わない、俺は行く...

子供の頃から死線をくぐってきた。

栄養が極限まで不足すると『状態限界』が発動し、体内のミトコンドリアが劣化細胞を捕食してエネルギーに変換する。

それで何度も生き延びてきた。

死ななければいい。

遺書を裁判所に届けられれば、それでいい。


オリバーはロンドンに向かって走り出した。

サワベリーの葬儀店を辞めた日、この道で命を落としかけた。

あの日と同じ道で再び死のマラソンを始める。

...ヨーダ、時間は?...

【あと20分で9時。裁判は30分程度で結審するでしょう】

つまり、残り50分以内に遺書を届けなければならない。

...距離は?...

【正確ではありませんが約27km。時速35kmを維持する必要があります】

【警告!カロリー残存量が5%を割りました。マイトファジーが自動発動します】

全身が焼けるように熱い。

細胞が栄養を食らい、命を削って走っているのがわかる。

【心的エネルギーが急速に減少中】

一旦50%まで戻したはずの心的エネルギーは、気づけば20%を割っていた。『平静』 、『精神強化』がフル稼働している。

【ストレス反応が限界を超えそうです。精神力で押し切ってください】

気合を込める。

しかし、些細な凶運が悪魔の仕業のようにオリバーをいたぶる。

足元の小石につまずき、派手に転倒。

地面に顔を叩きつけ、口の中に泥が入ってくる。

心的エネルギーが一気に2%を割った。

視界が暗転する。

...ダメなのか?..

闘争心の火がゆっくりと消えていくのがわかった。

木々の緑はやさしく光をまとい、空の雲は静かに流れていた。

目に映る全てのものがやがて闇に侵食され始める。

オリバーは全てを諦め意識を手放そうとした。


その時。

「オリバー!何やってるのよ!」

女の悲鳴のような声が耳を劈いた。

馬から飛び降り、オリバーを抱きかかえたのはエリザベスだった。

温もりが伝わり、意識が少しずつ戻る。

「ベス……?」

「しっかりしなさい!どうしたのよ、いったい!心配したのよ。」

「……遺書を……見つけたんだ……」

「なにですって!?」

そこへもう一頭の馬。ウィリアムだ。

「いたか?」

オリバーは必死に体を起こした。

不思議なことにエリザベスの身体の温もりを感じると心的エネルギーが回復し始める。

【心的エネルギー40%まで回復。マイトファジーによりカロリー15%まで回復】

「ベス、食べ物は……」

「はぁ?今そんなこと」

「あるぞ!」

ウィリアムが大きなチーズサンドを差し出す。

オリバーはそれをむさぼるように食べた。

その様子を呆れたように二人は見守った。

「大丈夫か?」

「大丈夫だ。行く。もう裁判は始まってるんだろ!」

「私の馬を使いなさい!」

エリザベスの言葉に頷き、オリバーは馬に飛び乗った。

ロンドンへ...

オリバーの心は空となった。

もはや何も考えることなく、全身全霊でひたすら馬を駆った…

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