第81話 記憶再生
「これで本当にいいのかよ?」
オリバーは思わず声に出して呟いた。
既に何日も結跏趺坐して心眼智で情報を探していたが、何の成果もない。
裁判、口頭弁論の日は明日に迫っていた。
必死に打開策を探したが、具体的な解決手段は見つからない。
「万事休す」
そんな言葉が浮かんでくる。もう打つ手はないのだろうか?
【まだ可能性は残っていますよ。まあ、ダメならBプランに移行すればいいじゃないですか?】
ヨーダ、このAIチャットボットもどきは、時折オリバーの心を逆撫でする。
Bプラン。それは工場も村も捨て、一から出直せという無情な提案だった。
…そんなの納得できるかよ。…
既にオリバーのこの村に対する愛着は抜き差しならないほどの強さになっていた。
【では、ひたすら心眼智を頑張ってください。必ず何か重大な情報が釣れますから】
オリバーは「ジャック」の概念を村全体に放った。
反応はあったが、有益なものはない。
だが突然、強烈な反応が走り、すぐに消えた。
対象は、あの認知症の老婆だった。
【その人の意識は断続的に蘇っているようです。短時間なら治癒の可能性もありますよ】
…賭けるしかないか。…
心眼智で老婆の意識に接続し、『超共感』を発動する。
虚無。
それは飲み込まれそうなほど濃い闇だった。
『平静』『精神強化』を発動。
それでも心的エネルギーとカロリーは急速に削られていく。
さらに『生存限界』を重ねる。
やがて治癒効果が芽生え、老婆の意識と潜在意識の回路が繋がり、パズルのように記憶が蘇り始めた。
メタ認知モードに切り替える。情報の平原が開ける。
そこへ「ジャック」を投影。
強烈な反応。
記憶が実体験のように再生を始めた。
老婆の若き日の姿。名はブレアナ。
森でキノコを採っていた。
それは権利のない林地での不法採取だった。
後ろめたい気持ちはあったが、生活には代えられない。
その帰途、ナンシーの息子ビルの馬車と出会う。
反射的に森に身を潜めた。
その瞬間、乾いた銃声が響いた。
ビルが崩れ落ちるのが見えた。
「ひっ!」
ブレアナは小さく悲鳴を上げた。
恐怖で身体が震える。
人相の悪い男が現れて、その懐を探り、何かを取り出す。
満足げに笑ったその男は、ビルを馬車ごと崖下へ突き落とした。
その残忍な行為に、ブレアナは恐怖すると同時に、強い怒りを覚えた。
日暮れ。
教会の墓地は既に闇に包まれていた。
男は教会裏の大木の根元に箱を埋める。
中身は手紙、領主の遺書に違いなかった。
領主がナンシーに遺書を残したことは村では周知の事実であった。
遺書の紛失とビルの死。
それはやがて村中の噂となった。
ブレアナは恐ろしい一連の出来事を夫に相談する。
「いいか、ブレアナ。このことは誰にも喋っちゃなんねえ」
夫は蒼ざめた顔で釘を刺した。
ブレアナもまた、不法採取が露見することを恐れ、沈黙を決意する。
それに、この事件の裏にはあの地主ダンカンが絡んでいるに違いなかった。
傲慢で残忍、思慮の浅い男。村人を人と思わぬ仕打ちの数々を思い出す。
もし知られれば、自分も殺される。
現に、ビルは殺されたのだ。
「……ごめんね、ナンシー……」
悔恨は老いとともに深まり、やがて彼女の心を蝕んでいった。
記憶はそこで途切れた。
「ぶはっ!」
オリバーは荒く息を吐いた。気づけば夜が明けていた。
予想外に長い時間、ブレアナの意識に潜っていたのだ。
【大成果ですよ。ですが、時間がありません】
…そうだな。だが、あの大木はどこだ?…
【直ちにブレアナさんの元へ行きましょう】
外へ飛び出そうとした瞬間、ぐらりとよろめき、意識が遠のきかける。
【心的エネルギーとカロリーの残存量が10%を割っています】
必死に台所を漁ったが、運悪く食べ物は何もなかった。
「何をやってるんだい?今日は裁判に行くんじゃなかったの?」
物音に気づいたナンシーが現れた。
オリバーがまだ家にいることに、彼女は目を丸くする。
本来なら昨夜のうちに出発し、ディック弁護士と共に被告代理人として裁判に臨む予定だった。
「はあちゃん、なんか食べ物ない?」
「あんた!何を言ってるんだ。それより急がなくていいのかい?」
その時。
ドアを激しくノックする音。
ナンシーが扉を開くと、意外な人物がそこに立っていた。
「ナンシー……」
「ブレアナかい?」
幼なじみのブレアナ。確か病で臥せっていると聞いていた。
「ナンシー、ごめんね。私を許しておくれ……」
そう言ってブレアナはボロボロと大粒の涙をこぼし、泣き崩れた。
ブレアナの苦悩を知るオリバーはその様子に一瞬ためらったが、時間がない。
裁判開始まで残り一時間。
ロンドンへ急ぐべきだ。
だが遺書を見つけなければ意味がない。
「あの、ブレアナさん。遺書の場所は?」
オリバーが問いかけると、ブレアナの背後にいた男が進み出る。
ブレアナの次男である。
「俺が案内する。母さんから聞いている。教会の裏の杉の木の根元だ」
二人は教会を目指して駆け出した。
教会の裏の杉の大木。
借りた鍬で必死に掘り起こすと、そこに宝箱が眠っていた。
中を開けると、紛うことなき前領主の遺書が収められていた。
ついに見つけた...!
その瞬間、再び眩暈に襲われる。
【残存カロリーが5%を割っています。至急補給が必要です】
…なんで、こんな時に…。…
ブレアナの症状と関係があるのだろうか?
彼女の記憶の再構成には予想外の時間とエネルギーを消費していた。
オリバーは祈るように夜明けの空を仰いだ.....




