第8話 オリバー救貧委員会に呼び出される
「言っとくがな、オリバー。わしは、この救貧院の孤児どもを一人残らず信用しとらん。お前たちは生まれついての怠け者、ズルくて、無教養で、神をも恐れん。息をするように嘘を吐き、盗みを働き、裏切る。そんな連中が今日もメシを食えてるのは、誰の“お情け”か、骨の髄まで思い知るんだな。
……さあ、ついてこい。」
...ふざけるな!...
あまりに一方的すぎるその言動だった。
オレの知る限りでは救貧院の孤児で盗みや人を悪意で人を騙すような奴を見たことはない。そもそも衰弱しきった体でそんなことをたくらむ余裕などないからだ。それよりも補助金を横領しているマン夫人やその金で飲み食いしているおまえのどこが善良なんだと言いたい。こいつらこそ監査を受けるべき奴らじゃないか。
だが、そんな事を言っている場合ではない。
オレは自分の置かれている状況を正確に理解していた。
マン夫人やこの男、教区役人のバンブルの機嫌を損ねた孤児の運命は決まっている。社会に対する反逆者として裁かれすのだ。
奉公先は煙突掃除人のガムフィールド親方のところだろう。
オレたち孤児の間では有名な死刑執行人のようなやつだ。
知っている限りでは奴に殴り殺された孤児は3人いる。なんの気まぐれかしらないが、煙突の中を孤児が掃除中に火をつけたこともあるらしい。その労働条件と言ったらブラック企業どころの話ではない。
屠殺場に引きずられてい行く肉牛さながらにオレは委員会へ連れられていった。
委員会はおごそかに会議中?いや会議とは名ばかりの宴会中だった。肉の焦げる匂いにオレはゴクリと喉を鳴らす。
この会食も会議費で落としているに違いなかった。そんな領収書がオレのところへ回ってきたら怒鳴りつけてやる類のものだ。会社を舐めた、いや救貧委員会か?経費処理であった。
会議室に入ると10人の男たちテーブルを囲んでいたが、バンブルは上座にいる太った赤ら顔の紳士に対して大げさに一礼した。
「リムキンズ様、この少年は驚いたことに世話役のマン夫人に対して...なにかもう少し食べさせて欲しい...と要求したそうでございます。」
「なんじゃと?」
そこにいた男たちの顔に嫌悪の表情が現れる。
「無知とは恐ろしいものだな」
白チョッキの男がオレを見下すように言った。
「これオリバー皆様にご挨拶せぬか!」
バンブルが苛立たしげにオレの頭を小突いた。
「君に説明しても理解はできんだろうが、自分が孤児であることは知っているんだろう?」
....いまさら何を言っているんだ?...
オレは訝しげにそのリムキンズなる人物を睨み返した。
「なんとふてぶてしい!こいつはバカだ」
白チョッキの男がナプキンで汚れた口元を拭いながらそういった。
「静かに!」
「君には父も母もいないし、教区民に育てられたことは知っているんだろう?」
リムキンズが穏やかだが、明らかに見下した様子でそういった。
【相手を挑発してください】ヨーダの声が脳内でささやく。
...なんでだよ?...
...と思ったが、オレにはこいつらに言いたいことが山ほどある。考えてみれば良い機会なのかもしれない。
「なにが、言いたいのですか?」
オレの獰猛な狼のよう表情で告げてやった。これは交渉スキルの一種「威圧」だ。
オレの声にその場の男たちはビクリを飛び上がり、驚きに目を見開いた。うまくスキルが発動したようだ。
【威圧レベル1を習得しました】
...おお!やはり実戦でスキル使うを効率が良いな...などと場違いな感想が浮かび上がったが、まあ、それはどうでも良い。
「き、君は君を養い世話をしてくれている人々のために祈っているのかと聞いているのだよ。恩を受けたらそれを労働で返す。そのことを理解しておるのかと聞いておるのだ。」
さきほどの穏やかな口調ではなく明らかに怒りを含んだ声に変じて言った。
「これ以上何を返せというのですか?命ですか?」
おれはふてぶてしく挑発的に笑って聞き返した。
オリバーの態度に隣でバンブルが青黒い顔になっているのがわかった。
「バカもの!おまえは何も分かっておらんようだな。おまえが今生きているのは国家と善良なイギリス国民の慈善によるものであることを分かっておらんようだな」
「それって、新救貧法のことを言ってますぅ??」
オレはヘラっとバカにしたように笑って聞き返した。
【【挑発】が発動しました。挑発レベル1を習得しました】
不思議なことに緊張も恐れも感じない。
【平常心レベル1を習得しました】
....これで良いのかよ?...
オレはヨーダに思念で聞いてみる。
【いい感じですよ。思っていることをあなたの大人モードで言ってやってください】
リムキンズが手にしていたワイングラスをテーブルに置いた。
カラン、と軽い音がする。
白チョッキの男の援護に気を取り直したのかリムキンズは怒りを抑えた口調に戻る。
「…よくもまあ、その年でそこまで不遜になれるもんだ。これは手に負えんな。どうも自分がどれほど反社会的な行為を行ったのかを全く分かっておらんようだ」
「全くです。手に負えない愚か者とはこいつのことです。」
白チョッキが合いの手を入れる。どうもこいつの得意技はごますりのようだ。
「で?」
オレは肩をすくめ、冷ややかな目で委員たちを見渡す。
「“自分を養ってくれている”人々? それって、補助金のピンハネで宴会してる皆さんのことを言ってるんですか?」
男たちの目に、ほんの一瞬、狼狽の色が走る。
バンブルが小さくうめいた。
「オレが言いたいのは一つだけです。 そもそもこの制度──新救貧法ってやつ、制度として破綻してません?」
「なんだと……!」
なにか恐ろしいものでも見るような目になる。この子供は何かがおかしい。無知で臆病でずる賢いだけが取り柄の無力なだけの存在のはずだった。
「だってそうでしょう?」
オレは机に手をついて立ち上がり、声を張った。
「労働で恩返せって言いますけど、そもそも子どもや老人にやらせるような労働なんてどこにもない。人手が要らないのに無理に働かせるから、死ぬんですよ。現に死んでますよね?...で、死んだら死んだで、“怠け者の当然の報い”ですか?」
「黙れ!!ガキのくせに何を……!」
「いや、黙りません」
オレはまっすぐリムキンズの目を見据えた。
「それって、“働かざる者食うべからず”を盾にして、需要のない労働を強制しているだけ。それ、労働じゃなくて“虐待”って言うんです。
社会に役立つどころか、制度を維持するだけでコストが膨らんで、本来の目的がどこかに消えてる。アダム・スミスだってそんなことを言っちゃあいませんよね。」
【やり過ぎですよ!】ヨーダの声がする。
おっと、アダム・スミスはまずかったかな?
「アダム・スミスじゃと?バカな、おまえのような子供がなにをわかっておると言うんじゃ?誰じゃ、おまえにくだらんことを吹き込んだものは?」
リムキンズは目を細めて探るように睨みつけてくる
「こいつ革命主義者か?」
白チョッキの男が嫌悪感に満ちた目でオレを見る。
「革命主義者?」
【フランス革命かぶれの扇動者のようなものです。」
...そっか!今ってベルばらの時代なんだ!オスカルっているの?....
【いるわけないでしょ!真面目にやりましょう】
「あなた方はなにか勘違いしているようだ!新救貧法では貧民は救えない。それどころか貧困を助長している。」
「バカな!おまえは自分が何を言っておるかわかっておるのか?」
「あんた方は、食った分を働いて返せ!そうすれば、社会が良くなるってそう思っているらしいが、そもそも、どこにそんな仕事があるだ?」
「一つ!雇用促進なしで懲罰的な強制労働に社会的意味なし!」
「なっ、な!傲慢にもほどがある!」
リムキンズは目を怒らせて怒鳴り声を上げる。
「一つ、適切な教育システムなしに国力の増強はなし!」
「黙れ!良いだろう、では、労働とは何かを教育してやろうじゃないか!」
「いや、まだ、言いたいことがあるんだけど。」
「黙れ!バンブル君、この者の年季奉公契約書は直ぐに作れるかね?」
「はぁ、それは出来ることは出来ますが。」
バンブルはことの成り行きに狼狽していた。
「なにか問題でも?」
「いえ、ございません。ご用命があればすぐにでも。」
「よろしい、では煙突掃除人のガムフィールドに養育費5ポンドをつけてやれ」
「それは適切なご判断です。」
バンブルは我が意を得たりとリムキンズにおもねる。
【ここですよ!ガムフィールドの過去の孤児に対する暴力は明らかに法律違反です。】
「あの、すみません。ガムフィールドさんってあの有名な煙突掃除人の親方のことですか?」
「だったら何だと言うんだ!おまえには関係ない。」
「関係ない?オレの雇用契約にオレが関係ないって意味不明ですね。」
「なんと傲慢な。縛り首がふさわしい」
白チョッキの男が甲高い声で叫んだ。それをオレはぎょろりと睨む。
男は狼狽えたように目を泳がせる。
【威圧レベル2を習得しました】
「今、縛り首と言いました?それって何かの罪で、有罪判決でも受けたんでしょうか?」
「判事さんならここにおる。すぐにでも法の執行は可能じゃ」
「ちょっと待ってください。あんたはガムフィールドがどんな男か知っていてオレに年季奉公契約を強要しているですか?」
「なんじゃと?」
「まさか、あの殺人鬼を善良なイギリス市民って言ったりしませんよね。」
「それは....」
リムキンズの顔に明らかに動揺の色が浮かんだ。
【説得+威圧+挑発の複合スキルを発動しました】
「知っているかと聞いているんだ。縛り首って言いましたよね?つまり、ガムフィールドのところでオレは奴に殺される。そう思っていますよね。それって殺人教唆って言う犯罪じゃないですか?」
「おまえのような孤児にそのようなことを言う権利はない。良いだろう。罪の重さを身を持って知るが良い。バンブル君、書類を」
「ははっ....」
いつの間にかいたのかバンブルが書類を渡す。リムキンズは満足そうに頷く。
「判事さん?」
呼ばれた老紳士の方を見ると彼はうつらうつらと睡っていた。
...大胆な爺さんだな...
さすがにオレも驚いた。
バンブルが袖を引っると煩わしげに目を開けた。
「判事様お仕事ですよ」
とささやきながら年季奉公契約書を渡した。
「なんじゃ、これは、今日は宴会じゃなかったのか?」
「署名するだけです。後は好きなだけ料理をお楽しみください。」
書類をちらりと見てサインしようとしたが、その手を止める。
「まあ....」
老紳士の判事はもったいぶった態度で言う。
「君は煙突掃除が好きなのかね?」
「いいえ」
オレは答えた。
「...と言っておるが?」
判事は視線をリムキンズに移す。
「仕事を選んでいる余裕などありません。慣れれば好きになります。」
リムキンズは平静を装い嗅ぎたばこを吸おうとした。
「ふむ、では坊や、言いたいことがあるのだろう?」
「はい、ガムフィールド親方の暴力は子供にとって致命的過ぎます。オレの知っている限り3人の孤児が殴り殺されています。そこに新たに孤児の養育を委託するのは法的に適切な判断でしょうか?」
「もし、そうなら適切といえんな」
「この年季奉公契約を認めるわけにはいかんな」
「なんですと!判事さん、まさか子供の戯言に基づいて救貧委員会が誤った判断をしている。それを理由に否決すると言うんですか?」
「この件に関して、判事が理由を述べる義務はない。」
「ガムフィールド親方のもとで子供が3人以上死んでいることは調べてもらえば直ぐにわかります。」
「なんと狡猾な」
「まあ、そう言わず、怯えた子供を救貧員へ連れ帰っていたわってやりなさい。」
老判事はいたずらっぽくオレに笑いかけた。
「怯えた子供???」
悪い冗談でも聞いたのよな顔でバンブルが呟いた。
オレは平静を装ったが内心では冷や汗をかいていた。
かなりやばかったがオレはなんとか生き残った。