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第77話 ハムステッド村の復興

蚕の定着は順調に進み、製糸工場の拡張が始まった。

だが国産絹には一つ大きな問題があった。

冬場の高い湿度のため、蚕繭が保存できないのだ。

当時、王室や政府も養蚕を推奨していたが、その試みはことごとく失敗していた。

原因はカビだった。

だからこそ、専用の乾燥室が不可欠だった。


【繊維工場には蒸気機関用の炉があります。この排熱を利用してスターリングエンジンを回し、送風ファンを常時稼働させれば湿度と温度を同時に下げられます。補助的に生石灰を使えば安定して湿度を低く保てます。】

ヨーダの提案を具体化するため、オリバーがアランに相談すると、彼の目が輝いた。

三日三晩かけて設計は完成する。技術者...いや、オタク魂の底力は侮れなかった。

さらに、生石灰は湿気を吸収すると消石灰になるが、高温で焼けば再び生石灰に戻る。

アランは蒸気機関の炉を流用した石灰再生室まで設計してしまった。

やがて乾燥室のファンが回り始める。数分後、湿度はみるみる下がり、目標の50%をあっけなく達成した。

地味に見えるが、これは当時のイギリスでは快挙だった。

蚕繭だけでなく、絹糸や羊毛も保存中にカビや虫食いで歩留まりが落ちる例は多かった。

養蚕事業が定着しなかった理由の一つを克服したのだ。


トムたち元ハムステッド村の住人も、森の小屋から続々と戻ってきた。木を伐り出し、村の再生は急ピッチで進む。

かつて「囲い込み」で廃村となったハムステッドは、ここに復興を果たした。

やがてトムが新しい村長に選ばれた。

村人全員の一致による決定で、トムに拒否権はなかった。

秋、紅葉が輝く頃。

ささやかな村祭りが開かれ、トムは皆に促されて壇上へ上がる。

「……お、俺は……」

もごもごと呟くだけで、言葉にならない。

「聞こえないよ!甲斐性なし!」

少し太った気風のいい女が声を張ると、どっと笑いが広がった。

トムは真っ赤になり、口をパクパクさせている。

…ダメじゃん、トム…

【ダメですね。おや……】

先ほどの女が壇上に上がり、トムの手を取った。

「トム、何を言いたい?言って見な」

「お、俺は……」

女はすかさず声を張り上げた。

「村長は今日の日が来たことが嬉しいって言ってるんだ!みんなはどうだい!」

「おお!」

大歓声が返る。

「村長の挨拶は終わりだ! みんな今日は楽しめ!」

「いよっ!村長夫人!」

歓声に女は涼しい顔をしていたが、トムは青くなったり赤くなったり大忙しだった。

…トム、やるじゃん…

【そうですね】


宴会は大賑わい。

オリバーの席には次々と村人が挨拶に来た。

ナンシーはその度に真剣な顔で言う。

「この子に良い娘がいたら、よろしく頼みますよ」

今度はオリバーが居たたまれなくなる番だった。

顔を赤らめて下を向く。

「ナンシーさん、あんたのお陰だよ」

村人たちは今日の日を迎えられたことを口々に感謝した。

なかにはオリバーと同年代の娘を伴って挨拶に来る村人もいた。

赤い顔をして恥ずかしそうに下を向く子もいれば、好奇心に目を輝かせる子もいた。

いずれも好意的な感情が伝わり、前世を含めてもモテた記憶のないオリバーはどう対応していいかわからない。

【それ以前に日本だと相手は中学生ですよ。犯罪でしょ!】

…うるせえ!…


村人たちの挨拶が途切れたころ、工場の女工の一団がやってきた。

彼女たちは最近採用されたばかりで、いつも5人でつるんでいる。

リーダー格の、切れ長の目をした色白の少女がナンシーにぺこりと頭を下げると、オリバーの耳元で囁いた。

「いいこと教えてやるから、今度、部屋に遊びに来なよ」

女子寮のことだ。

カッと顔を赤らめて汗びっしょりになるオリバーを見て、少女は肩を竦め、呆れたように笑った。周囲の少女たちもナンシーに聞こえないように口元を抑えてクスクスと笑っている。

揶揄われたのだろうか?

でも、本気なら

…モテ期だ!…

【まぁ、ほどほどに楽しんでください】

ハムステッド村は養蚕の産地として復興の第一歩を踏み出した。


やがて製糸工場のパイロット運用が始まる。

女工たちはまだ経験も浅く、素人同然。

歩留まり70%を達成できなければ、この事業は5年で潰れる。

すべては順調に見えていた。

だが、本当の勝負はここからだった。


オリバーは色づくハムステッド村の風景を心から美しいと思った。

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