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第66話 失墜

ダンカンの目論見は大きく外れていた。

羊毛は本来、高収益を約束する原材料のはずだった。

だが、今年に入ってから牧場経営は赤字に転落した。

羊毛の市場価格は下落し、需要も頭打ち。

追い打ちをかけるように、隣村ウィットフィールドのチャドウィック工場が羊毛を完全に切り捨て、麻と綿の混紡繊維に専念し始めた。

受注は途絶え、倉庫には売れ残った羊毛が山積みになった。

原価割れ覚悟で市場に流すしか手はない。

今は飼料代の支払いを先延ばしにしてなんとか凌いでいるが、牧夫への給与も危うい。

完全に行き詰まっていた。


そんな折、耳を疑う噂が飛び込んできた。

囲い込んだはずのハムステッド村の住民が、ナンシーの林地で養蚕を始めたというのだ。

しかも来年度からはチャドウィック工場が繭を買い上げる契約を結んだらしい。

さらに信じがたいことに、その新事業には経済界の巨人ブラウンロウが出資を表明。

兄のエドワードまでが投資に加わっているという。

アシュベルン家、ウィンザー家など名だたる一族も名を連ね、経済界は持ちきりだった。


「どんな様子だ?」

ダンカンの問いに、執事が答える。

「元の村の住民が中心ですが、家族を合わせれば百人規模。森の中に小屋が立ち並び、まるで新しい村のようです」

「……なんだと! あの土地は俺のものだ。今は婆が利用権を持っているだけで、本来の所有権は俺にある!」

「しかしナンシーが生きている限り、手出しは──」

「そんなことは言われなくてもわかっている!」

苛立ちを隠せないダンカンの表情に、執事は肩をすくめた。

「絹事業は成功しそうか?」

「ブラウンロウの資金力を考えれば、小規模成功は確実かと」

「養蚕のほうは?」

「順調のようです。住民は増え続け、今ではお兄上の林地にまで拡大中とか」

「くそっ、兄貴め……!」

執事はさらに続ける。

「インドや中国の絹は高額ですが、ハムステッドの絹はその半値程度。それでいて生産量は膨大。今年度の売上見込みは、ダンカン様の牧場が最盛期に上げた額の十倍に達する予測です」

「な、なんだと……?」

本来、自分が得るはずの利益を奪われている──ダンカンはそう確信した。

「だが、新繊維が売れる保証などない!」

「それが、ロンドンの仕立て屋からの予約で今期分はすでに完売とか」

「嘘だろ……」

ダンカンは顔を青ざめさせた。

牧夫への給与支払いが滞れば、彼らは去る。牧場の維持は不可能だ。飼料代の取り立ても迫っている。資金はすでに底をついていた。

「……ご高齢のナンシー様も、いつまでもお元気とは限りません。その時は林地も、絹の拠点もすべてダンカン様のものに」

ダンカンの目に暗い光が宿った。

...そうだ、それが答えだ。...

先代に少し可愛がられただけの女中頭に、この利益を享受する資格などない。

あの女さえいなければ、すべては自分のものになるのだ。

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