第61話 再びロンドンへ
オリバーの養蚕業は順調に進んでいた。
ナンシーが利用権を持つ桑林の管理は、今のところトム一人が担っていた。
だが蚕の数は増え続け、さらにエドワードの申し出により、近接する林地内の桑林も使用できるようになった。
その面積は従来の三倍に膨れ上がったのだ。
「最低でも八人は必要だな」
とトムが言った。
【トムの見積もりは伝統農法レベル10が前提と思われます。実際にはその倍は必要になるでしょう】
人材の確保が急務となっていた。
だが、その前に――肝心の絹紡績事業への残り30%の投資枠がまだ決まっていない。
「ハムステッド村の農夫で救貧院に入った者もいる」
とトムが言う。
「すぐに見つかるのか?」
「見つけるのは簡単だ。場所はわかっているからな」
「でも、ここへ連れてきても給金は払えないぞ」
「必要ない。俺たちは百姓だ。土地と土さえ与えてくれれば、それで十分だ」
なるほど、とオリバーは思った。
救貧院育ちの自分だからこそ痛感する。
ワークハウスで強制労働させられるくらいなら、森の中で自給自足する方がはるかにましなのだ。
こうして、オリバーはトムと共に久しぶりのロンドンへ向かうこととなった。
ロンドンに着いたのは日が暮れかけた頃だった。
街は以前にも増して繁栄しており、日暮れ後もガス灯に照らされ、明々と輝いていた。
「腹減ったな。どこかで飯でも食うか」
「そうだな」
トムが同意する。無口な男だ。
退屈しのぎに、オリバーは『心眼智』を発動した。
途端に街の風景がドラマチックに輝き出す。
行き交う人々一人ひとりに物語があり、喜び、悲しみ、恋や友情、希望や野心――人の生活はなんと劇的なのだろう。
心眼智を通して見るロンドンは、まるで祭りのような活気と興奮に包まれていた。
ふと、一点に強い緊張感が張りつめているのに気づく。
そこに視線をズームすると、暗がりを走る一台の馬車が見えた。
中を覗くと、男女二人が縛り上げられ、猿轡を噛まされている。
【これは誘拐事件のようですね】
…そのようだな…
【誘拐犯の情報をスキャンします。戦闘レベルは4と7の二人。これは難敵ですね。合法的にレベル上げができますが、やっておきますか?】
…てか、普通は助けるもんだろ?…
【まぁ、ついでにレベル上げ、という意味です】
…はいはい、そうでしょうとも…
「トム!悪いけど、そこの飯屋で先に食っててくれ!」
オリバーはそう叫ぶと、馬車から飛び降りて走り出した。
「おい、オリバー!待てよ……」
トムが怒鳴る声が背後に響いたが、説明は後だ。
久しぶりの戦闘に、オリバーは身を引き締めた。




