表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/122

第57話 オリバーとエドウィンその1

読者の皆さん、いつも応援ありがとうございます。


私ブドウ農園、本業の方がついに収穫地獄モードに突入しました。

ピオーネ、シャインマスカットなどが「さぁ出荷しろ!」と...

命令には逆らえませんまるでブドウの召使いです


出荷期は9月末くらいまで続きますので、当面の間はどうしても執筆速度が落ちてしまうと思います。

ですが、物語の方もブドウに負けないくらい熟してきておりますので、どうか見捨てず、のんびり見守っていただけると嬉しいです。


作者、収穫の合間にキーボード叩いております。

――汗と果汁にまみれながら(笑)。

エドウィンは少年に対して、かすかに共感を覚え始めていた。

正直に言えば、収益率が現状を維持できれば十分だ。

そのうえで労働環境が改善されるなら、お釣りがくる話だ。

しかも、長期的には収益率の向上にもつながると予測するのは容易だった。

たとえ小さな工場の話に限られるとしても、オリバーたちが示す方法が成功すれば、それなりの価値がある。

だが、もしその結果として収益率が大幅に向上するなら、これは別次元の話だ。

単なる一工場の問題に留まらない。

すべての工場がその手法を取り入れる可能性すらある。

それは国全体の労働環境や貧困対策に影響を及ぼす、大きな話になるだろう。 

エドウィンは元来、一工場の経営よりも、都市や国家の統治制度の設計に強い興味を抱いていた。

だからこそ、「新救貧法」の委員会メンバーとしてその制定に関わった経緯もある。



オリバーはエドウィンの表情がわずかに変わったのを見て、姿勢を正した。 

【エドウィン氏、強い興味を示しましたね。】

…だな! 3倍なんてはったりじゃない。… 

ビクトリア朝の工場生産の効率は、家内工業と比べれば飛躍的に向上していた。

だが、オリバーの知る令和の日本の紡績業と比較すると、その効率は1000倍近くも異なる。

理解ある経営者とヨーダの知識を組み合わせれば、3倍という数字はむしろ控えめだった。

しかも、収益率の向上という観点では、実はもっと簡単な方法があった。

それは高品質な素材を使った製品を導入し、適切な市場に供給することだ。

高品質な素材とは絹だ。

そうすれば、3倍どころか10倍の収益すら簡単に実現可能だ。  

実際、この件に関しては、ヨーダのシミュレーション機能を活用して何度も検討を重ねていた。

結論は極めてシンプルだった。

最も費用対効果が高いのは、工員の徹底した教育と能力開発だ。

紡績機の性能とその取り扱いの難易度に対し、工員の技能が不自然なほど低い点が最大の問題だった。 

絹の導入の前に工員の能力開発が必須だ。

絹の生産には麻布や羊毛とは比較にならないほどの工員の熟練度を要するからだ。

「ほう、君は今、3倍と言ったな? 聞き間違いではないだろう?」

「はい、確かに3倍と言いました。」

「自信があるんだな?」

「はい、エドウィンさんの協力が得られれば。」

「ふむ。では、その根拠を聞かせてくれ。」  

オリバーは提案を始めた。

「私の提案は、工員の能力開発と製品の品質改善、それとブランド化です。単に布を売るのではなく、上流階級には上質でファッショナブルな洋服を、庶民には丈夫で長持ち、洗濯にも強い製品を提供するのです。」 

「なんだって? それは大幅な事業拡大じゃないか! そんな投資をする余裕はないぞ。」

「だからこそ、ステップごとに進めていくんです。第一段階は工員の技能向上と品質改善。これでキャッシュフローを大幅に増やせます。」

「詳しく話してみたまえ。」  

オリバーは提案を段階的に説明した。

「先ほど、ウィリアムさんが基礎教育の重要性を話しましたよね。実は、紡績の品質はこれにかかっています。」  

エドウィンの眉がわずかに動く。

「教育と……紡績の品質がどう関係するんだ?」

「大いに関係します。いま主流の紡績機はミュール精紡機。この工場でもそうですよね?」  

エドウィンが頷く。

「ああ、そうだ。高品質な糸を大量に生産できる。だが――」

「ええ、その『だが』です。」  

オリバーは言葉を重ねた。

「ミュール精紡機は構造が複雑すぎる。熟練工でなければ扱えないのが現状です。特に糸切れの処理が難しい。作業が止まるたびに、熟練工が子供や女工に指示して結び直し、再起動する。その間、歩留まりはどんどん落ちていく。」 

「ふむ……確かに。」

エドウィンは腕を組み、考え込んだ。

「だが、熟練工を増やせば済む話ではないのか?」  

オリバーは首を振った。

「問題は、工員の多くが字を読めないことです。どんな高性能な機械でも、説明書なしで使えと言われても無理ですよね? 現場は口伝と勘で動かしているんです。」  

エリザベスが横から口を挟んだ。

「だから、私たち、秘密兵器を作ったのよ。」

「秘密兵器?」 

エドウィンが怪訝な顔をする。 

オリバーは鞄から冊子を取り出し、机に置いた。

「これです。ミュール精紡機の取り扱い説明書。ブライアンさん達の協力を得て作りました。専門家でなくても読めるよう、平易に書いています。」  

エドウィンは冊子を手に取り、ページをめくり始めた。

部屋の空気が張り詰める。

一枚、また一枚。

彼の眉間の皺が深くなる。

やがて顔を上げ、驚きを含んだ声で言った。

「まさか……これを君たちだけで?」 

「はい。そして、これだけではありません。」

オリバーは続けた。

「機織機のマニュアル、修理手順、蒸気機関のメンテナンスガイド。数十冊ずつ印刷して学習室に置きます。工員は誰でも学べる。技能は必ず向上し、歩留まりも改善する。そして増えた収益を昇給に回せば、工員のやる気も跳ね上がります。」  

「なんだと……!」

エドウィンは思わずのけぞった。  

【最高の反応ですね。】

ヨーダの声が響く。

…ああ、これは効いたな。… 

「お父様、私たちが遊んでいたとでも思っていたの?」

エリザベスがにやりと笑った。

ウィリアムとオリバーも同時に頷く。  

オリバーは真剣な顔で付け加えた。

「でも、これはまだ第一段階にすぎません。本番はこれからです。」  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ