第45話 悲劇の連鎖
その朝のことを、ブライアンは今でも忘れることができない。
工場に着くと、すでに場内は異様なざわめきに包まれていた。
怒号、悲鳴、混乱、泣き叫ぶ声が飛び交い、工員たちはパニックに陥っていた。
人だかりの中心に近づくと、苦々しい表情で中を覗いていた工員に声をかけた。
「どうした!何があった!」
「事故です……」
ブライアンは人の輪をかき分けて中へ進んだ。
そこには、一人の女が血の海の中に倒れていた。
傍らでは、機械工のラルフが呆然と立ち尽くしていた。
倒れていたのは――アリシアだった。
「アリシア!」
ブライアンは叫び、彼女の体を抱き起こして揺さぶった。
しかしその体は、すでに冷たく、硬くなり始めていた。
彼女は、すでにこと切れていた。
「一体、どういうことだ……!」
傍で機械を調べていたジムに掴みかかった。
「わかりません……剪断部分が外れて、それにエミリアが巻き込まれたようです」
「なぜだ……あれほど確認したはずだろう!」
「……すみません……」
だが、そんな問いは、もはや何の意味もなかった。
「……みんな、仕事に戻れ。あとは俺がやっとく」
ブライアンが呟くように言うと、工員たちは目をそらしながら、次々と持ち場へ戻っていった。
「ジム、ラルフ。手伝ってくれ」
その日の夕方、ブライアンはナンシーに凶報を知らせた。
日が暮れる頃、ナンシーは息子のデービットを連れて馬車で工場に現れた。
アリシアの亡骸を引き渡し、ブライアンが差し出したわずかな弔慰金を、ナンシーは怒りに震えながら投げ捨てた。
「いらないよ、そんなもん……!」
「なあ、ナンシー……こんな時に言うのも何だが、明日エドウィン坊ちゃんが来る。ベスのこと、話してみたらどうだ?」
「冗談じゃないよ!あの人には何の関係もない!ベスは私が――私が、立派に育ててみせる!」
堰を切ったように泣き始めたナンシーにブライアンはかける言葉を見つけることが出来なかった。
だが、不幸はそれだけでは終わらなかった。
その足でアリシアとエリザベスの暮らす家に向かったナンシーだったが――
そこに、エリザベスの姿はなかった。
ナンシーは血眼になって孫娘を探し回ったが、ついに行方はつかめなかった。
翌日、エドウィンが工場を訪れた。
ブライアンは、計画が失敗に終わったことを告げ、破損した機械を見せた。
エドウィンは険しい顔で、黙ってそれを見つめていた。
「残念だ……いったい何がいけなかったんだ……」
普段は冷静な彼にしては珍しく、悔しさを隠しきれていなかった。
この計画に強い期待を抱いていたことは、ブライアンにも分かっていた。
アリシアの死――そのことは、あえて口に出さなかった。
彼にとって、それはあまりにも大きな痛みとなる。
もし今、それを伝えれば、きっと立ち直れなくなる。
いずれ話す時が来る。それでいいと、ブライアンは思った。
エリザベスの行方も、あらゆる手を尽くして探したが、結局見つからなかった。
その後、ナンシーは目の病を患い、長年勤めたアシュベルン家の女中頭を辞した。
息子のデービットと共に、伯爵から与えられた小さなコテージと、わずかな土地で静かに暮らしていた。
しかし、そこにも不運は襲う。
デービットは転落事故に遭い、この世を去った。
さらに、孫のオリバーまでもが、盗賊の襲撃で行方不明となった。
ナンシーの周囲から、大切な者たちは次々と姿を消していった。
だが、すべてが失われたわけではなかった。
ある日、長く行方不明だったエリザベスが、突然エドウィンのもとを訪ねてきた。
エドウィンは、彼女を静かに迎え入れた。
時が来れば、ナンシーとも再会できるだろう。
そんな希望が、ようやく芽生えはじめていた。
そしてもう一人、驚くべき存在が現れた。
それは、オリバー――救貧院育ちの少年だった。
彼は、まるでナンシーの孫と入れ替わるように現れ、共に暮らすようになった。
ナンシーはこの少年との生活を、心から楽しんでいるようだった。
それなら――それでいい。
聞けば、オリバーは救貧院出身。
エリザベスも、八歳まで同じ境遇にあったという。
工場労働の苦しみを知るこの二人が、今では周囲を巻き込みながら改革に動き始めている。
それはまるで、アリシアがやりたかったことを、彼らが引き継いで完成させようとしているかのようだった。
そしてブライアンは思う。
この若者たちのまっすぐな眼差しには、迷いがない。
それは、アリシアの魂が宿ったように見える。
特にエリザベスは、アリシアの笑顔、仕草、信念にそっくりだ。
この娘を、早くナンシーに会わせてやりたい。
ブライアンは、そんな幸せな風景を一刻も早く見たいと願った。




