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第4話 オリバー・ツイストの成長、教育、そして食事について、ちと言いたいことが

その後の10ヶ月の間、この組織的な裏切りと欺瞞に満ちた救貧院という名の屠殺場でオレは生き延びた。

正直言って19世紀のイギリスがこれほどの地獄だとは今まで思いもよらなかった。それともここが本当は異世界だからなのか?

救貧院では当たり前のように子供が死ぬ。

オレも何度となく死にかけた。

ここでは子供、特にオレのような乳幼児はただ、死を待つためにだけの場所に過ぎなかった。

現に周りのまだ、5才以上の子供であれば、まれに生き残るが、オレのような乳幼児が生き残ろ可能性はほぼなかった。

だが、おれはスキルのおかげで生き延びた。

おれは食事からそれが完全に消化吸収されるまでの時間だけ代謝を最大化させて、その後は副交感神経を活性化させて基礎代謝を50%まで引き下げてひたすら睡った。その繰り返しだった。

【代謝コントロールのレベルが5になりました!おめでとうございます。サバイバルクエスト1を達成しました】

これで代謝コントロール、ナチュラル殺菌、発酵リサイクル消化、ミトコンドリア・リサイクル最大化スキルが全て5になった。

なんとか死なずに済んだわけだ。

このAIヘルパーもどきの正体がはっきりとはわからないが、脳内で音声や映像が再生する理由はオレの知識で理解で可能なものでは一種のBCI(Brain Computer Interface)と理解するのが早かった。

なぜ、AIヘルパーのように思えるかは、オレの育った文化の環境依存でその様態が決まるのだそうだ。

AIヘルパー態はかなり情報伝達効率が良いそうで最適な様態なのだそうだ。

AIの概念を持たない文化背景の人物には「老賢者」だったり「妖精」だったりするそうだ。

…オレは可愛い妖精さんが良かったな…

と言うと、妖精は最も情報伝達効率の悪い様態なので、今頃死んでたと、洒落になってない答えが帰ってきた。


ある日のこといつもの中年女が薄い粥を持ってきた。

その表情にオレは嫌な予感に身を震わす。

「諦めな。生まれてきたほうが悪いんだよ。今のうちに召されたほうがお前にとっても幸せってもんだ。後は神様が面倒見てくださる。」

粥と思ったのは、腐ったミルクだった。慌てて吐き出そうとしたオレの顎を抑えて強引に飲み込ませようとした。

…なんだ、この女!ここまでやるのかよ…

オレは怒りで目を怒らせて女を睨んだ。

「気持ちの悪い子だよ。」

女は身震いして部屋を出ていった。

【緊急事態です。赤痢菌の感染を確認。代謝レベルを最大にまで上昇させて、免疫細胞コントロールを試し見てください】

…ちょ!そんなスキル使ったことないぞ。…

【推定潜伏時間は1時間です。その間に習得して全感染菌を排除してください。受動的な免疫で排除可能率は45%です。残りの55%の増殖を防げなければ絶望的です。

免疫細胞コントロールスキルを試し見たが、今までより格段に難易度の高いスキルのようだ。

……1時間後、オレは発病した。

胃の中に焚きつけられた炎が、腸管を這いずりまわる。

意識が溶ける寸前、脳内アシスタントの声が響く。

【感染ステージ:初期拡散フェイズに移行。免疫細胞の指揮権を移譲します】


気づくと、オレの意識は白銀の戦場にいた。

血管を思わせる赤黒い大地。そこに並ぶのは、白銀の鎧に身を包んだナチュラルキラー兵団(NK部隊)。

「総員、展開準備ッ!これより腸管エリアG4にて赤痢菌部隊との接触を開始する!」

司令官の号令が響く。

目の前に、腐ったミルクの中から忍び込んできた、黒い甲殻を持つ異形の軍団――シゲラ(Shigella)菌軍。

狡猾な毒素でマクロファージを無力化し、細胞の間を掻い潜って増殖する都市型ゲリラ戦術のプロフェッショナル。

オレは《免疫コントロール》を起動。

【スキル選択:「マクロファージ活性化」→成功!】

【インターロイキン-6分泌開始】

【体温上昇 38.9℃ 到達】

免疫戦場の炎が上がる。

「副腸管路に回り込め!やつらは細胞間結合を破壊して潜り込んでくる!好中球、バリア再構築急げ!」

頭の中で、まるでリアルタイムRTSのように戦線の動きがマッピングされていく。

【赤痢菌増殖率 -12%】

【好中球動員率 +45%】

そして――

「ナチュラルキラー部隊、突撃ィィ!!」

銀の矢が黒い影を貫く。

体温がさらに上昇する。全身の筋肉が痙攣するが、それは免疫細胞が本気で戦っている証。

……意識がブラックアウトしかけたそのとき、決着のアナウンスが届いた。

【敵主戦力の95%を排除しました。残存勢力は自己修復フェイズにて対応可能です】

【「免疫コントロール」スキルレベルが3になりました】

…勝った。…


オレは汗びっしょりでうなされていたらしい。  

全身が燃えるように熱い。喉は焼けるし、体中が軋んでいた。

だが、それでもオレは――生きていた。

急に静かになったからか、どうやら死んだと思われたらしい。  

あの女が部屋に入ってきた。何かを確認するように、オレに手を伸ばしたその瞬間――

パチッ、と音を立ててオレの目が開いた。

視線が合った。

女は固まった。次の瞬間、顔を真っ青にして後ずさりし、椅子の脚に足を引っかけて派手にひっくり返った。

「ヒィッ……っ!な、なんで……生きてんのよ……!」

床に尻を打った女は、そのまま這うようにして後ずさり、部屋の外へ逃げていった。

オレは口元に笑みを浮かべた。

…ようやく、ちょっとだけ効いたな、この眼力…

【新スキル「威圧」Lv1 を習得しました】

……ざまぁ見ろ。

地獄のどん底で生き残ったのは、神様の気まぐれでも奇跡でもない。  

これは、オレの意志だ。

…死んでたまるか!…


その日を境に、あの女は二度と姿を見せなかった。

代わって現れたのは、小さな女の子だった。

まだ十歳にも満たない、骨ばった手足、かさぶただらけの膝。

何枚ものボロ布を重ねたワンピースの隙間から、青白い肌がのぞく。

だが――その瞳は、違った。

透き通るような青。

まるで、夜明け前の湖面に差し込む月光のようだった。

無言で粥を置いたあと、少女はふいに、オレを見つめた。

ただの好奇心ではない。どこかで確信を得ているような、不思議なまなざし。

“何かを見つけた”目だった。

はっきり言ってここはこの地獄のような腐った世界だ。

だが、彼女の眼差しは純粋で美しかった。

そんな目を向けられるとは思わなかった。

毎日、彼女が来るのが楽しみになる。オレたちは目と目で語り合った。

やがて粥には卵が混ざるようになり、明らかに栄養価が上がった。

その変化は彼女のささやかな、でも確かな好意だった。

その好意に報いたくて、オレは初めて――自分以外の誰かの健康状態をスキャンしてみようと思った。

何度も失敗した。けれど、それでもあきらめなかった。

状態スキャニングスキルの良い訓練にもなった。

【「状態スキャニング」Lv1 を習得しました】

ようやくスキャンが成功したとき、改めてこの世界の過酷さを思い知らされて全身に震えが走った。

…これは、もう、生きているのが奇跡じゃないか…。

…オレに、できることは…ないのか?…

【彼女の肉体的な回復は不可能です。残された手段は、精神強化スキルによる生存意志の高揚です。彼女の意識界に同化しますか?】

…やってみる…


そこは、荒涼とした世界だった。

色のない空、冷えた地面。誰もいない広い空間の片隅に、ひとりぼっちの少女が膝を抱えて座っていた。

表情はない。感情も、声も、希望も。すべてが沈黙の中にある。

…どうすれば?…

【彼女の中に眠っている“希望”を探してください】

オレは、少女の記憶へと手を伸ばした。

次々に流れ込む映像。

殴られる音。泣き叫ぶ声。空腹で呻く夜。

まるで自分自身がそれを体験しているかのように、痛みが喉を刺した。

それでも耐えた。奥へ、さらに奥へ。

やがて、光が差した。


――そこには、ひとりの女性がいた。

逆光の中、ほほ笑む姿。

腕の中に少女を抱き、やさしく語りかけている。

その姿に、オレは息を呑んだ。

神々しいまでの存在感。

…あれは――?…

それは、少女にとっての強くてやさしいなにかだった。

あらゆる痛みを忘れさせる存在。絶対のぬくもり。

オレにはそれが、全ての人々を救う弥勒菩薩にすら見えた。

…あれは神なのか?…

オレは思わずつぶやいていた。もちろんオレは神なんぞ信じちゃいないが..

彼女の人生に明るい未来が差し込んでくるのが見えてきたような気がした。

少女の目に、ふっと光が戻る。

世界に、少しだけ色が差し始めた。


【精神強化スキル レベル1 を習得。発動成功】

ふと、意識が現実に戻る。

オレは大きく息を吐き、胸を押さえた。

…あの子……少しは、元気になったか?…

【確証はありませんが――そうであると、信じてよいでしょう】

…ずいぶん、いい加減な奴だな…おまえ…

もどかしくて脳内のAIヘルパーに皮肉をぶつけてもそれに答えはなかった。


部屋の外では何人かの職員がヒソヒソ話してるのが聞こえた。

「……あの子、生き延びたってさ……赤痢を…?」

「まさか、あのミルクを飲んで……死なないなんて……」

「なにか“祟り”があるんじゃないかって……噂になってるの、聞いた?」

なんだそれ。お前らが仕掛けた毒に失敗して、今度は幽霊扱いかよ。


しばらくして、救貧院の院長らしき、脂ぎったハゲ頭の男が、カサカサ音を立てて分厚い書類の束をテーブルに広げた。  

安物の眼鏡の奥の、魚みたいな目が震えている。だがそれは恐怖ではない。責任回避のための慎重さだった。

「……この子は、我々の善意に対して著しく非協力的であり……加えて、不自然なまでの生命維持能力を有している」

…待て。なんだその言い方は。くそっ!犯罪者あつかいじゃねぇか?…

「このままでは共同生活の秩序を乱す要因となりかねません。職員の精神的安全にも配慮しなければなりませんしね」

…お前らが勝手に殺しかけただけだろうが。…

「このような事例は、極めて例外的で、統計的にも処理困難です。従って……ええ、これはむしろ我々の義務です。この子を然るべき環境へ送ることこそが、人道的措置と言えるでしょう。」

…人道的措置.だと!…  

それを言えばどんな地獄でも正当化できる魔法の言葉。

「法律に抵触する違反行為であると判断できますね。そのような場合、救貧法第26条第4項に被扶養者が共同体不適合と認定された場合、当該児童を分院へ移送することが可能である、と」

…おい、チビデブハゲ。口もきけない子どもに違反って何言ってるんだよ。…

どこかの官僚気取りの演説じみた言い回しだったが、要するにこういうことだ。

コイツは気持ち悪い。

だから、うちの問題じゃありません。他所で始末してもらいましょう


オレの「飢えと貧困に苦しむ」という状況――

それは、どこぞの中年デブハゲが、デタラメな報告書に仕立てあげたものだった。

その報告は、「正規の手続き」として、救貧院の当局から教区当局へと送られた。

形式だけは立派な“報告”だった。内容は、オレの人生を片づけるための捨て札だがな。

教区当局は、まるで国王か何かのような口調でこう尋ねたらしい。

「その家には、オリバー・ツイストに必要な慰めと栄養を与えることのできる女性はおらぬのか?」

…慰め?栄養?…

毒入りミルクと暴言しか出てこない地獄の穴倉で、何を見てきたらそんな質問が出てくるんだよ。

救貧院の連中は、深々と頭を下げて答えた。

「謹んで申し上げますが、そのような高尚な女性は、現在この施設にはおりません」

…うん。そりゃそうだ。いたらとっくにオレは太って死んでる。…

で、その結果どうなったかというと――

「よし、それでは我々は寛大かつ人道的に、この子を“分院”へと送り届けることとしよう」

……と、きたもんだ。

…寛大?人道的?…

…それ、「餓死させるために別の牢屋に移す」って意味だよな?…

で、その「分院」ってのがまた凄い。

通称、“飼育農場”。

オレたち子どもを七ペンス半で一週間“飼う”だけの施設。

食い物は無い。服も無い。大人も居ない。

あるのは、飢えと床と、最悪のルールだけ。

どうやら「生き延びられるかの実験場」ってことらしい。

ああ、ありがとうな、偉大なる人道主義者様たち。

お前らの「善意」ってヤツ、本当に最高にクソだわ。

だが現実には、そこは「児童消耗所」とでも呼ぶべき、飢えと沈黙の地獄だった。

【クエスト更新:「サバイバルクエスト2:終わりなき飢餓の迷宮」開始】

…ちくしょう……またかよ…てかその中二病的なクエスト名やめろよ。…

【....】

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