第39話 幸運は続く
オリバーは、アミラからもらった3つの蚕の繭を大事に懐にしまい帰路についた。
「え、3個でいいの?」
アミラが怪訝な表情で心配そうに尋ねる。
たった、3個だったが、こいつらは遺伝的には最上位のサラブレッドだ。
ヨーダはこいつらの子孫ならイギリスの気候に適応すると予測した。
「はい、これで大丈夫です。3月に加温して孵化させるんですよね。」
「そうよ。木に定着させるなら3月末がいいけど、外気温が15度以下なら少し待った方がいいわ。」
アミラは養蚕に必要な道具や手順を丁寧に紙に書き出し、「わからないことがあればいつでもおいで」と微笑んだ。
...それにしても、美人ってやっぱりいいな…。...
11歳の少年の内面に潜む、40歳のオヤジ魂がうずきそうになるのを、オリバーは慌てて抑えた。
雑貨屋のキャサリンのコケティッシュな魅力も捨てがたいが、アミラの知的な美貌はまるで絵画のようだ。
二人とも、現代なら映画雑誌の表紙を飾れるレベルだ。
ウィットフィールド村には同年代の女の子もいるが、話す機会はまだない。
「情報スキャニング」で彼女たちのデータをライブラリ化してコレクションにすることも可能だが、それやると人間として終わってると思ったので止めた。
やっと訪れた平和な日々を、オリバーは心から満喫していた。
トムは相変わらず掘っ立て小屋で暮らしていたが、訪ねてみると小屋は驚くほど立派になっていた。
自ら木を伐り、ログを加工した小屋は、素人離れした出来栄えだ。
井戸まで自力で掘ったというから、オリバーは目を丸くした。
【大工レベル5も持ってますね。】
ヨーダの分析に、オリバーは内心で頷いた。
最初に会った頃の頼りないトムからは想像もつかない。
今や彼はオリバーの頼れる相談役だ。
2月から3月にかけて、オリバーとトムは桑林を整備し、孵化器の準備を進めた。
繭の状態は毎日「状態スキャニング」で確認し、異常がないかチェックした。
だが、問題は現金収入のなさだった。
ブライアンに相談すると、「お前、なんか得意なことないのか?」と聞かれた。
「サワベリー葬儀店で、複式簿記で帳簿をつけてたことがあります。」
「簿記? じゃあ、ウィリアムに聞いてみるか?」
年度末が近く、ウィリアムは経理処理に追われていた。
「ウィリアムさん、今日も忙しそうだな!」
「全くだ。猫の手でも借りたいよ。」
「その猫の手だが、使ってみる気はないか?」
「冗談なら後にしてくれ。今はそれどころじゃないんだ。」
ウィリアムの机には、手書きの帳簿が山積みだ。彼はページを必死にめくり、数字を睨んでいる。
――なるほど、数字が合わないんだな。よくある話だ。
前世の経理経験が懐かしくよみがえる。
コンピュータのない時代の手書き帳簿は、どれほど大変か。
オリバーはウィリアムに同情した。
「ちょっと帳簿、見てもいいですか?」
「ん?」
ウィリアムは困った顔をしたが、忙しさのあまり止める余裕もないようだ。
オリバーは帳簿を手に取り、「思考強化」「思考加速10倍速」「感覚加速10倍速」「感覚強化」「状態スキャニング」の五連コンボを発動。
ページに触れるだけで、データが脳内の表計算ソフトに流れ込む。
入力ミスが赤文字で表示され、ほとんどは小さな誤差だったが、貸方と借方の桁違いが一カ所見つかった。
これがウィリアムの悩みの種だろう。
「あれ、これおかしくないですか?」
オリバーは偶然を装って指摘した。
「どれだ!?」
ウィリアムが恐ろしい目で帳簿を奪う。
「おお!」
奇妙な声を上げ、天を仰いで固まった。
「おい、大丈夫か?」
ブライアンが怯えた目で見つめる。
「オリバー、なぜわかった!?」
「え? 探してたんですか? いや、ページを適当にめくってたら偶然…」
「お前は神に祝福されてるのか!?」
「はぁ、一応、洗礼は受けてる…はずですけど?」
「…というわけだ。この神に祝福された小僧を使ってみてくれ。」
ブライアンがウィリアムに提案する。
「簿記の知識はあるんだな?」
「はい、多少は。」
「よし、採用だ!」
「おい、エドウィンさんの許可はいいのかよ?」
「大丈夫だ。ちょうど経理補助を急いで探せと言われてたところだ。」
こうして、3月いっぱい、5ポンドでウィリアムの経理補助として働くことが決まった。
破格の待遇だった。




