第38話 再開 そして出会い
人間とは不思議なものだ。
運が回り始めると、次から次へと幸運が舞い込む。
それは、一つの幸運な出会いとして現れる。
その日、オリバーは養蚕の経験者を探すため、チャドウィック家の繊維工場を訪れていた。
事務室にはブライアンとウィリアムがおり、三人で雑談を交わしていたが、養蚕の専門家に心当たりはないようだった。
「おじさん!」
明るい声が事務室に響いた。
若い女性が、輝く瞳と笑顔を携えてブライアンに駆け寄る。
「エリザベスお嬢さん、どうしたんだ?」
「ベスって呼んでよ。おじさんに『お嬢さん』なんて呼ばれたら、なんかこう背中がむず痒くなるんだから!」
エリザベスは髪をかき上げ、わざとらしく背中をボリボリ掻く仕草を見せた。
「まいったな……奥様に叱られるぞ。」
ブライアンは苦笑し、頭を掻いた。
「ベス、元気だったか?」
ウィリアムが珍しく遠慮がちな声で尋ねる。
「あら、ウィリアム、あなたもいたの?」
「そりゃひどいだろ!」
ウィリアムは気の毒なほどしょげた。
「冗談よ。男のくせに細かいこと気にするなって!」
エリザベスはカラカラと笑い、窓の外から響く工場の機械音に軽く目を向けた。
「で、何? こそこそ何か秘密の話?」
視線をオリバーに移し、彼女はふと動きを止めた。
穴が開くほどじっと見つめ、目を細める。
「なんか……どっかで会ったことあるよね、君と私。」
【「情報スキャニング」のデータログに記録のある人物です。】
…何!?…
ヨーダの声が頭に響いた。
「情報スキャニング」で記録した人物なら、記憶に残っていても不思議ではない。
だが、目の前の少女に心当たりはなかった。
「いえ、多分初めてだと思うんですが……」
【あなたが「情報スキャニング」を初めて成功させた人物です。救貧院の配膳をしていた少女ですよ。】
…なんですと!?…
オリバーの胸が熱くなった。
救貧院。
飢えと寒さに震え、生死を彷徨っていたあの頃。
赤ん坊だったオリバーに、薄い粥に卵をそっと入れてくれた少女。
自分の命すら危うい中で、わずかな情けをかけてくれた恩人。
死んだと思っていた彼女が、こうして逞しく、美しく成長して目の前にいる。
懐かしさと喜びで、オリバーは目頭が熱くなるのを必死に堪えた。
彼女は首を傾げたが、すぐにケロリと笑顔に戻った。
「まあ、いいや。で、何の話?」
「あんた、だんだんアリシアそっくりになってきたな。」
ブライアンが懐かしそうに言う。
「へぇ、ベスのお母さんって美人だったんだろ? トーマスさんが昔メロメロだったとか?」
ウィリアムが茶化す。
「つまり私が超美人ってこと! ね、おじさん?」
「まあ、がき大将のアリシアとも呼ばれてたがな。」
「何? 文句ある?」
エリザベスの軽口に、明るい笑いが広がった。
その光景は、かつてエドウィン、トーマス、アリシアがたわいもない話で笑い合った日々を彷彿とさせた。
「で、君は誰?」
エリザベスがオリバーに視線を戻す。
ブライアン、ウィリアム、オリバーの三人が顔を見合わせた。
ただならぬ雰囲気に、エリザベスは目を瞬かせる。
短い沈黙の後、ブライアンが重く口を開いた。
「ベス、あんたには話しておいた方がいいな。だが、この話はまだ旦那や奥様には内緒だ。いいな?」
ブライアンは同意を求めるようにオリバーに目を向ける。
オリバーは小さく頷いた。
「何? 深刻な話?」
「ああ、かなりな。」
ブライアンは静かに語り始めた。
ナンシーの孫、オリバー君の死の顛末。
このオリバーがなぜナンシーの孫を名乗るのか。
ダンカンとの因縁。
ウィリアムが「話に嘘はない」と補足した。
エリザベスもまた、ナンシーの孫だった。
だが、エドウィンの妻への遠慮から、エリザベスはナンシーの元を訪れなかった。
だから、従弟のオリバー君とは面識がない。
エリザベスは目を閉じ、亡魂の従弟を悼んだ。
「わかった。この話は誰にも言わない。ここだけの秘密ね。」
彼女は静かに頷いた。
「だが、今日の本題は別だ。」
「え、なに?」
「このオリバーが養蚕を始めたいって話だ。」
「まあ!」
エリザベスの目が興味で輝いた。
「ただ、養蚕の経験者がなかなか見つからないんだ。」
「あら、私、知ってるわよ。」
「えっ!」
三人の声が、思わず重なった。
エリザベスが紹介したのは、インド人の若い女性医師だった。
美しく、沸き立つような知性を感じさせる瞳を持っていた。
「繭が欲しいのね?」
「そうなの。それとその育て方。でも、わたしじゃなくて、この子がね。」
「彼は?」
「あの、こんにちは。ぼ、僕はオリバー・ツイストと申します。」
――要は、前世から一貫して女にモテたことがない『オレ』、オリバーは美人が苦手なのだ。
顔を赤らめてがちがちに緊張するオリバーを見て、エリザベスがその頭を軽く小突く。
「なに緊張してんのよ。“僕、バカです”って顔してるわよ。」
エリザベスのこの口の悪さのせいで、美人が台無しだ。
「ひどい……」
「私はアミラよ。よろしくね、オリバー。」
頭をさすりながら涙目になるオリバーに、アミラは優しく微笑んだ。
「確かに私のいた南インドでは蚕の繭を養殖していたわ。私のいた医院でも蚕を育てていたから、私にもその経験はあるけど……イギリスでそれを育てるですって?」
エリザベスに小突かれたせいか、オリバーの緊張がほぐれてきた。
「はい、ハムステッド村は地主のダンカンさんの“囲い込み”で廃村になっています。ですが、森には広大な桑林があるんです。養蚕を始めれば、戻ってくる人がいるのではないかと思ったんです。」
「だけど、村の人たちはすでに他の土地で新しい仕事を見つけて生活しているんじゃない?」
「俺はそうは思いません。ロンドンの救貧院で育ちました。そこでは“囲い込み”で農地を失った人たちもたくさんいました。そこでの生活は、残念ながら酷いものでした。」
「わたしもそう思うわ。もし戻れるなら、村に戻りたい。そう思っている人は、たくさんいると思うの。」
「そう。養蚕のやり方を教えることはできるわ。繭も薬剤用に取り寄せたものがある。でも、南インドの蚕がここで育つことは、すごく難しいと分かっている?」
「はい。でも、生物は世代を重ねれば、その土地に適応する可能性は十分あります。」
「つまり、越冬できる個体が現れれば可能だと、あなたは考えているのね?」
「その通りです。」
アミラは首をかしげて考え込む。
「分かったわ。やってみるといいわ。でも、繭をすべて持っていかれると、それはそれで困るわ。それと私にも一応仕事があるから、ずっと付き合うことはできないわよ。」
「ありがとうございます。あの、繭を見せてもらってもいいですか?」
「いいけど……どうして?」
「俺に使わせてもらえる繭を選ばせてもらえますか?」
アミラは不思議そうな顔でオリバーを見たが、何も言わずに繭を見せてくれた。
全部で百個近くある繭を、一つ一つ丁寧に《スキャニング》《感覚強化》《感覚速度10倍速》の三連コンボで解析し、遺伝情報をヨーダへ送る。
そして、三つのきわめて適合性の高い繭を特定することができた。
思いがけず、幸先の良いスタートが切れた。




