第25話 サバイバルゲーム
「寒い!」
オリバーはぶるぶると震えた。
ロンドンを出発してからどれくらい歩いただろうか。
「生存限界」スキル(レベル3)のおかげで寒さにはある程度耐えられたが、それにも限界がある。
正直、後悔していた。
持ち金は1ポンドあったが、ナイフと小さな鍋を買って半分に減っていた。
途中で村を見つけても、いくつかの村には「物乞いは警察を呼ぶ」と書かれた看板。
オートミールを買おうと商店を探していると、物取りか盗人と間違われたのか犬を放たれた。
村には近づかない方がよさそうだ。
【状態スキャニングを使えば、道端の草で食べられるものを見つけるのは難しくありません。生存限界スキルなら、未調理のものや本来食べられないものからも栄養を摂れますよ。ただし、今は冬ですからね……】
ヨーダの冷静な声が頭に響く。
確かに、道端の野草はスイバ、アザミ、タンポポくらいに限られた。
森に入れば、運が良ければヒラタケやナラタケが手に入る。
状態スキャニングで毒性をチェックすれば問題なく食べられた。
ロンドンで買った小さな鍋とナイフが役立つ。川で水を汲み、小枝を集めて火打石で火を起こし調理する。
森ではウサギやリスも時々見かけたが、資金が足りず弓と矢は買えない。
代わりに、道々で石を投げ「石つぶて」スキルを上げていった。
それでもリスを仕留めたのはロンドンを離れて1週間目。慢性的な食料不足は続いた。
最初、夜は牧草地の乾草に潜り込んで寝たが、森を見つけてからは目立たない場所を選び、薪を集めて火を起こしそのそばで眠る。
おかげで「生存限界」スキルはレベル3に上がった。
街道を少し外れると盗賊まがいの連中もいることがすぐ分かった。
オリバーが襲われないのは、あまりに貧乏くさい見た目のおかげかもしれない。
それでも、心が荒んだ連中は何をするかわかったもんではない。
気晴らしに弱い者を痛めつけようとする奴などいくらでもいる。
「感覚速度10倍速」を使い込んでいくうちに「感覚強化レベル1」を習得した。
このスキルは周囲の生命や状態をまるで上空から俯瞰するように感知することが出来た。
また、その範囲内であれば特定の位置を詳細に見ることもできる。
「状態スキャニング」とのコンボで発動もできる。
更に「感覚速度10倍速」との3連コンボは秀逸だった。
最初は生命反応を30メートル圏でしか感知できなかったが、使い込むうちレベル3となり、今では120メートル先まで感知可能。獲物や植物探索にも敵の早期発見にも役立った。
ロンドン郊外でのサバイバルは想像を超える厳しさだったが、スキル上昇とともに徐々に慣れてきた。
それでも寒さだけはどうにもならない。川に氷が張る氷点下の気温はじり貧を強いる。
…このままじゃ、春まで持たねえぞ。...
昔よく遊んだ高難易度サバイバルゲームを思い出し苦笑する。
ロンドンを出てしばらく歩いたバーネットの街で、同年代の少年が声をかけてきた。
長いコートと厚手の綿ズボンを着ているが薄汚れている。
「よう、兄弟! ずいぶん疲れ切ってるな。どうしたんだい?」
芝居がかった胡散臭い口調に、オリバーは目を細め警戒した。
「何か用? 七日間歩き通しで疲れてるんだ」
「七日間? そりゃ大変だな。ビークに追われたってわけか?」
「ビーク? 鳥のくちばしのことか?」
オリバーは意味が分からない。
「なんだ、それも知らねえのか!」
少年は笑い、ビークは治安判事で、命令されれば救貧院へ強制送還されると説明した。
...冗談じゃねぇ。…
バンブルの野郎の顔など二度と見たくなかった。
「泊まるところは?」
「ない」
「金は?」
「ない」
少しは持っていたが言う必要はない。
「泊まれるところを紹介してやろうか? ただでいいぜ」
...胡散臭え。...
前世の社会人経験が警鐘を鳴らす。
オリバーの中では詐欺師か宗教勧誘で確定だった。
「悪いけど、先を急ぐんだ」
踵を返して立ち去る。
「おい待てよ! 闇市に行ったらフェイギンを訪ねろ。忘れるなよ、フェイギンだ。お前みたいな孤児の行き先はそこしかねぇ。うまいもの食わしてやる。酒だってあるぞ。」
少年が叫ぶが、オリバーは足早に去った。
...行くだけ行ってみりゃよかったか?...
孤児を集めて危ない仕事をさせる気なら逃げ出す手もあったが今更もう遅い。
森でそこそこ乾いた浅い洞窟を見つけ、拠点化を考える。
【一か所に留まると村人に発見され通報されるリスクが増大します。拠点があれば楽ですが危険です】
...確かに、森には村人も来る。...
【春になれば感覚強化で希少薬草を集めロンドンの闇市で換金可能です。買いたたかれますが確実に金になります。それまでは三日ごとに移動しながら耐えるしかありませんね。】
時間がこれほど長く感じるとは思わなかった。
その時、遠くから激しく走る馬車の音。
【盗賊の襲撃を受けています。どうしますか?】
盗賊の襲撃は珍しくない。護衛があるのが普通だが、遠目には今回は丸腰に見える。
馬車が近づき、逃げ切れるかと思った瞬間、大きな石に車輪が乗り上げ転倒した。
...くそっ!...
オリバーは思わず馬車へ向かって走り出していた。




